第11章 10話
「血の匂いがするんです」
「血ですって?」
「はい、血の匂い。冨岡さんの匂いに混じって、本当にうっすらとなんですけど。ここから先はあまり重く捉えないでほしいのですが……幸せが壊れる時には、いつも血の匂いがしたんです」
先程まで緊張を緩め朗らかに笑っていた竈門くんの顔に、翳りが生まれた。その雰囲気につられるように私も自分の気が落ちてくるのを感じる。
「先程、妹の禰豆子の話をしましたよね? その時もそうでした、血の匂いがして……」
「……私の幸せはいまから壊れるということですか?」
「それは、わからないんですけど……」と竈門くんは私の目を見据えて、「冨岡さんが関係してるのなら、なるべく早く、解決なされた方がいいと思うんです」
竈門くんの目からは、好奇心などではない、裏表のない心配の色が窺えた。その真っ直ぐさは煉獄さんによく似ている。
「明日、なにが起きるかわからない身ですものね」
口の中で呟く。聞き取れたのか竈門くんは深く頷き、私を労るように言った。
「冨岡さんはあなたのことが嫌いではないですよ、そんな匂いがします」
「あら、本当? でも好きでもないんでしょう?」
竈門くんは困ったような微笑を浮かべた。
「いろんな感情でいっぱいの匂いがして、判断しづらいんです」
冨岡さんって、見てるだけじゃわかりづらいですよね、と竈門くんは付け加える。義勇さんは感情の変化に乏しく見えるが、本当は多くのものを体の中に潜ませていることを、私は薄々気がづいてた。
いや、知っていた。歩き方を教わらずとも自然と歩けるようになるように、私は義勇さんと触れ合う度に、唇を重ね合わせる度に、彼の心の内を暴き、彼について詳しくなっていった。彼と言葉を交わしあわずとも、本能のようなものが義勇さんについて教えてくれている。
指切り、げんまん、嘘ついたら。私の記憶の中で、わらべうたを明るく歌ったひとは、彼なのだから。私たちは、ずっと前から一緒にいた、そして現在もいっしょにいて、たぶんきっと、これからも。死ぬまで、ううん、死んでからも離れてなんてやらない、そうでしょ。
「ぎゆうさん」
口の端から漏れた小さなつぶやきは、部屋の中にゆっくりと反響した。寂しげに震えた私の声は狭い部屋の隅へ消えていく。