第11章 10話
「その中でも、尊敬している人がいて、俺と妹の命を救ってくださった方で、何度も助けてくださっていて、その人がいなかったら、多分俺はここにいなかったんですけど……」
一生懸命に話し始める竈門くんの話を、相槌を打ちながら聞く。しばらくして、我に返ったように竈門くんは、「すみません」と申し訳なさげに目を伏せた。
「いいえ、竈門くんはその方が好きなのですね」
「えぇ、もちろん」
竈門くんの返答は自信で満ちていた。彼がここまで信頼を寄せる、その方の人柄を想像する。
「ちなみに名前をうかがっても……?」
「あ〜っと、名前というか、冨岡さん……なんですけど……」
「えぇ……?」
竈門くんに気を遣わせないように、態度に気を付けてはいたが怪訝そうな様子が隠しきれなかった。空気が凍りついたことを感じた竈門くんが、困ったように眉を下げる。
「えぇと、話を整理しても? 竈門くんを助けた命の恩人が冨岡さんですって? 冨岡さんって、あの冨岡義勇さん?」
「はい、確かに」と頷いた後、竈門くんは言葉に詰まったように唇を噛んだ。考え事をするように視線が上に向けられる。
「なにか言いたいことが、あるのでしょうか?」
「あの……、髪のリボンから冨岡さんの匂いがして……。あ、俺は鼻が利くんですけど」
「匂い……?」
しばらく会ってはいないものの、義勇さんは私の髪のリボンに触る、癖のようなもながあったから、匂いがすると言うのは頷けた。
「義勇さんの匂いって、どのような匂いがするのですか?」
興味本位で尋ねると、竈門くんは返答を考えるように、目をつぶり唸り始めた。
「これは言った方がいいのだろうか、しかし二人の問題ではあるし……」と、ぶつぶつと独り言を言っている。次第に彼は正座を軽く崩しながら、頭まで抱え始めた。竈門くんに近づくと、畳につきそうになっている顔を覗き込んだ。
「竈門くん?」
「えっ、ああ!すみません、考え事をしていて。冨岡さんからは、水みたいな匂いがします。真っ直ぐで綺麗な匂い」
へぇ、と頷きながらも、義勇さんから水の匂いがするのはなんとなくわかるな、と考えた。「ただ……」と竈門くんは言いづらそうに続けた。