第10章 9話
私は私のままでありたかった。誰とも重ねずに、私だけを見て欲しかった。
なんとなく勘づいてはいた。義勇さんが、私の背後に見ている人、それは――。私は、自分の髪に手をかけ、義勇さんからの贈り物のリボンの髪飾りを外した。黒髪が散らばる。義勇さんは私の行動に目をみはった。
はらはらと視界いっぱいに散る、絹のような髪の毛はまるでそれぞれが意志を持って動いているようであった。私は義勇さんの後頭部に手を添えた。はじめて、誰の真似もせずにわたしのまま、手を伸ばした。
唇はあと少しで触れ合いそうだった。分厚い生き物のような舌を捕えられるはずだった。離れないでいて、ずっとそばにいて。
肩のあたりに強い衝撃を受け、体は後ろへ飛んだ。私はよろけて、畳に座り込んだ。とっさに顔を上げ、正面を見上げる。
義勇さんが私を押したのだ。彼は肩をわななかせていた。彼からの、初めての拒絶だった。
こんなに思っているのに何一つ伝わらない。彼は私に意味深な口付けをするくせに、私からすることを許さないのだ。踏み込ませてもらえない。
苛立って、跳ね上がるように立ち上がった。自分より遥かに高い所にある頬に、強く平手打ちをした。義勇さんは避けなかった。かわいた音が響く共に、私の手のひらには消えることのないような痛みが残った。
この痛み、一生消えるな。やっぱり嫌い、義勇さんなんて大っ嫌い。私のことを見てほしい。愛してほしい。私の背後の人じゃなくて、私自身を見て。
手のひらに残った甘やかな痛みが消えないうちは、私はきっと、ずっと義勇さんを大好きなんだろうと、自覚していた。