第3章 2話
そうしてその次の日も、その方は店に訪れて昨日と同じ席に座った。次の日も、またその次の日も彼は時間こそ違えど、同じ席に座るようになった。
その方が店に訪れるようになってから、一月か二月ほどたったときのことだった。食べ終えたお皿を下げようと、斜め後ろに立つと、視界の端にちらりと赤黒いものが見えた。ごみかなにかだろうと、もう一度視線を向ける。
赤黒いそれがなにかに気がついた瞬間、私の指先が氷のように冷えた。つい取り乱し、やだ! と喉から絞り出すような高い声が出た。
「それ、あなた、もしかして……」
喉をひゅうひゅうと言わせながら、私は彼の背中に手を当てた。こんなときに、服の下に隠された硬い筋肉を意識してしまい、自分をはしなく感じる。
彼は私の動揺を気にもかけていなかった。目立ちたくないのか、中腰になって軽く席を立ち、口を私の耳元に寄せると囁くような低い声で「お前には関係ない」とおっしゃった。吐息がほんの少しだけ耳にかかった瞬間、肌が粟立って膝が震えた。
予想超えた厳しい態度に、「確かにそうなのかもしれませんけど……」と一度退きかけたものの、心配が勝った。清潔な手ぬぐいを持ってくると、その方の赤黒く染まった背中にぎゅうぎゅうと押し当てた。自分でもなにをしているか分からず、混乱が増していく。
その方もその日初めて動揺をみせ、「いい、手ぬぐいが汚れる、やめろ」と声をあげた。
「だってあなた、怪我をなさっているんでしょう。どうしてこんな状態なのに放っておいているんです、手当はしましたか?」
私が背中に手ぬぐいを当てたまま詰め寄ると、「手当もなにも……」と、少し言い淀んでから、「これは俺のものではない、だからいらない」とおっしゃった。
彼は怪我をしてはいないのだと、その言葉の意味を理解するのに多少の時間を要した。「じゃあ誰の?」と尋ねると、彼は無表情で口をつぐんでしまう。答える気はないのだとわかった。