第9章 8話
「そうか……。それは辛いな」
煉獄さんは、痛ましそうに沈んだ調子で共感してくれた。この話をするとき、煉獄さんはいつも、まるで自分のことのように捉えてくれた。真摯に向き合ってくれていた。彼は本当に誠実な人だった。
煉獄さんは、蛍を目で追うのを辞め、急に私の方を見た。私は咄嗟に視線を外した。煉獄さんの目は、出会った日のように爛々と光っているかもしれない。とにかく、この目は見てはいけない気がした。
「そろそろ一年経つのだろう?」
「一年と、半年です」
気を張りつつ、答えた。煉獄さんはまだ私の方を見ていて、私は彼に無防備にもみえる横顔を晒していた。けれど私は庭の蛍を目で追いながらも、頭の片隅で必死に切り抜ける方法を頭に巡らせていた。決して、決して煉獄さんのことは嫌いではない。むしろ好きだけれども。
「君の辛さは、身に染みるようにわかる」
急になんだろう、と思った。私の混乱をよそに、煉獄さんは続けた。
「俺も母上が亡くなって、父上が今の状態になったとき、大切な人がこちらを見てくれない苦しさを理解した。だからいま、君がどんな気持ちでいるかも知っている」
やめて、と言いかけた。煉獄さんは私の手に自分の手のひらを重ね合わせて、それを阻止した。「聞いてくれ」と彼は言う。彼の声からは、先ほどまでのお兄さんの気配は消えていた。
「寂しさは、人で埋めるしかない。君もそう思っているだろう」
諭すような優しい声を、煉獄さんは私の耳元で出した。それはいつかの私の考えと一緒だった。息が間近に感じられるほどまで、いつのまにか距離は縮まっていた。
あぁ、逃げたい。逃げなければいけない。わかっている、けれど、動かない。私の抵抗をなくすには、煉獄さんは片手ひとつで十分だった。
煉獄さんは優しすぎた。あまりにも優しすぎた。だから、今の私の向こうに過去の自分を見て同情をし、救おうとしてくれている。自分の気持ちに嘘をついてまで。煉獄さんが私に情欲を抱けないということは、友達の私が一番知っている。
雨上がりの空気で冷えた頬を、煉獄さんの生温い息が温めた。しかしすぐにそれは冷えてしまうから、私は熱を感じることはできなかった。
この、不完全燃焼しているような体の状態に、私は覚えがあった。私はとある雨の日を思い起こしていた。