第8章 7話
ぎゆうさん、と呼びかけると、口の中にお酒の味がする舌が入り込んできた。それは分厚くて大きく、生き物のように動いた。初めて味わう日本酒は、辛くて舌が痺れそうだった。その痺れが脳みそに辿りついて、麻痺してしまいそうだとまで思った。
唇を離すと、義勇さんは弱々しい声で言った。
「俺には姉がいた」
いる、ではなくいた、と言った。確かにそう言った。切なくなって泣きたくなるから、これ以上は聞けなかった。義勇さんの次の言葉を遮るように、彼の後頭部に手を添えると、今度は私から口付けをした。義勇さんは応えてくれる。
触れれば、応えてくれる。わたしが愛したぶんだけ、この人は私のことを愛してくれるのだろうか。同じ意味で愛してくれるのだろうか。好き、とすら本人から言われていないのに、そんなことを考えた。
彼が私の事をどう思っているのか、今は考えたくない。目を逸らそうと決めた。塩辛い雫が、私の唇に入ってきたけれど、それはどちらからのものだかわからなかった。
針で刺されるように、全身がちくちくと痛かったけれど、いまはただ、この痛みに甘んじていたい。だれかがいない寂しさを埋めるには、人が必要だと、本能が理解してくれている。
義勇さんが私の手に指を絡ませる。彼の手が私を求めている。指と指が踊るように握りあったり、離れたりする。あのわらべうたが、頭の中を駆け巡る。あぁ、離れた。ゆび、きった。