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わらべ歌【冨岡義勇】

第8章 7話


私はお水を飲んでいたけれど、同じくらいの速度で冨岡さんも日本酒をあおった。そんな勢いで飲むものではないのに、と思ったけれど、言わないでおいた。冨岡さんが酔ったらどうなるのか見たかったのだ。

冨岡さんの頬がほんのりと杏色に染まってきた頃だった。

「鮭大根が食べたい」
急におっしゃった。作りますか? と聞くと、作ってくれと甘えたような声で頼まれた。子供みたいだ。このような冨岡さんは珍しい。お酒が回っていることに気がついた。危険な高揚が私を支配する。

厨房に向かおうと身を翻すと、急に服の袖を引かれた。体勢を崩しかける。腰に熱い手が添えられ、その手は私の体をたやすく支えた。

冨岡さんの方を振り返る。
「急になんですか」
驚きからか、思っていたよりも非難がましい声がでた。
冨岡さんは目を一度瞬かせ、申し訳なさげに目を伏せた。

「すまない、すこし、酔っているようだ」

怪しい呂律で冨岡さんは謝罪した。私は、謝らせてしまったことをどこか申し訳なく思いながら、いえ、とだけ返した。

冨岡さんは、私の腰から手を離すことはしなかった。お酒を飲んでいることも相まってか、冨岡さんの手は触れたところから焼け焦げそうに熱かった。あつい、と私の意思に反して、唇から吐息混じりの声が漏れた。

すまない。冨岡さんはまた謝る。何も悪くはないというのに。いや、悪いのかもしれない。私も冨岡さんも、すごく悪い人間なのかもしれない。あつい、あつい、と私は繰り返した。

静謐な空間を彩るのは、厨房で野菜を切っているお父さまの包丁の音と、お互いが吐く息だけだった。

だめですよ、お父さまがいる。そう忠告したけれど、冨岡さんは聞かなかった。お酒のつんとする匂いを纏った息が、近づいてくる。冨岡さんは私の腰を引き寄せた。私も決定的な抵抗だけはしなかった。

とみおかさん、と消えかかりそうな声で名前を呼ぶ。義勇で良い、と返された。義勇で良い、名前で呼んでくれ。

彼は縋るような瞳で私を見る。冨岡さんが本当に子供のように思えた。まるで年下の、弟のように。なんて、なんて愛しい、こども。あの雷の日、まなうらに映った幼い冨岡さんの笑顔が蘇ってくる。

私は冨岡さんの頭を抱えると、丸みを帯びた後頭部を慈愛を込めて撫でた。暗闇の中、冨岡さんは目をつぶった。その美しいかんばせに、胸が締め付けられる。
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