第7章 6話
眠れなくなった。
あの日から、灯りを消して床につくと、あの雷の日の冨岡さんの行動を思いだしてしまい、切なくなった。なぜあんなことをしたのだろう、と幾度となく考えた。
雷の止んだ後冨岡さんは、あっけなく私から離れた。抱きしめてすらくれなかった。「食事をありがとう」とだけおっしゃると、店から出ていってしまった。
冨岡さんはなぜあの日、私に口付けをしたのだろう。私のことが好きなのだろうか。それとも単なる悪戯だったのか。言葉足らずな方だから、雷に怖がる私を慰めようとしてくださった結果なのかもしれない。
横になりながら悶々と考えていると、唇の熱さが鮮明に蘇ってきた。生まれた熱は、渦となって私の体を巡り、体の各部に溜まったほてりは私を苛んだ。
ひどいひと、酷い人ですね、と頭の中で冨岡さんのことを罵倒したが、想像の中の彼は謝りもしなかった。
せめて体だけは休もうと目をつぶるも、瞼を閉じることによって生じた暗闇はさらに私を陰鬱な気分にさせた。仕方なく目をあけ、横向きになる。障子の隙間から月明かりが差し込んでいた。おそらく外は明るいだろう。火照った体を冷ますのに、散歩をするのもいいかも知れない。
羽織を羽織り、襟巻をすると、お父さまを起こさないようにしつつ裏口から静かに外に出た。
冷たい空気だ。大気全体が循環しているかのような音が、轟轟と響いている。空を見上げると、水でも零したかのような天の川が広がっていた。月が丸くて綺麗。
冨岡さんも、今この星空を見ているのだろうか、と考える。手をさすり暖めながらも、家の近くを何周かした。段々それだけでは飽き足らず、歩く範囲を広げた。
川が見たい。私は思いつき、行動にうつした。
橋の上で川を眺め、せせらぎを聞いていた。体は芯から冷えきっていたが、冷たいくらいが私にはちょうど良い気がした。川はさらさらと、滞りなく流れている。水面に葉っぱが落ち、くるくると回転しながら下流へと向かった。
あの葉っぱが何処までいくのかを見守りたいと思い、身を翻した。
何かが目の前に立っている。黒い影だ、人型の。私は驚きから叫び出しそうになったが、何者かによってそれは遮られた。腹の底の空気が声帯を震わせたが、口から悲鳴として出てくるまでに空気の通り道は塞がれる。