第6章 5話
つんざくように雷鳴が轟いていた。なにかを裁きたがっているようにすら思えた。そんな夕立の日、私は初めて幻覚を見た。
その日は近所で祭りがあって、いつもより昼の客足が伸びた。反対に、花火が打ち上がるから見えやすいところに移動しようと、夕方からどんどん店内にお客さんは減り、日が落ちきる頃にはついぞ誰もいなくなったほどだった。
私よりいくつか年上の給仕のお姉さんは、良い人と花火を見に行くからと、いつもより早めに仕事を上がった。お父さまも、食材も尽きかけているしこれ以上店を開けていても仕方ないだろうと、私に片付けを任せ店を閉めると、買い出しに出てしまった。
静まりかえった店内にひとり残される。食器や調理道具を洗いながら、ぼんやりと考えた。いま、冨岡さんはなにをなさっているのだろう。どこで、だれと、なにをしていて、なにを考えていらっしゃるのだろう。
それを考えている間わたしの頭の奥は、次第に熱を帯びてなにも考えられなくなってくる。とみおかさん、とみおかさん、と口の中でねぶるように呟く。頭の中が、じりじり。焦がれるとはよくいったものだ、と思う。
頭の中に渦巻くそれは、ひそやかな物音によって中断された。かたり、と店先で音がした気がした。誰か入ってきたのだろうか、お父さまなら裏口から入るはずだから、お父さまが帰ってきたのではない。息を殺しつつ、厨房から出ると店内の様子を探った。
「すまないが」
聞き覚えのある声だ。いや、そんなものではない。私の大好きな、恋い焦がれていた声だ。私は物陰から飛び出た。
「冨岡さん! どうしたんですか」
「食事をしにきたのだが、今日はもう店じまいか?」
「ええ、一応。お祭りをやっていますから、いつもより早いんです。でもせっかくきてくださったのですし、なにかお出ししますよ」
椅子を引いて席につくように促すと、冨岡さんは素直にそこに腰をかけた。近づくとほんのり、血の匂いがした。肩のあたりが濡れている。表情はあまり優れず、少し疲れていらっしゃるように見えた。
私は厨房で簡単な料理を作り、冨岡さんにお出しした。箸をつける冨岡さんの向かいに座ると、表情を観察した。冨岡さんは私の様子に眉をひそめつつも、なにも言わないでいてくれた。