第2章 『おそらくはそれさえも幸福な』
藍華は捨て子だった、らしい。
そんな不確定な言い方をするのも、全ては千代から聞いた話だからだ。
・*・
町への買い出しについていった藍華は千代の買い物の間、町で遊んでいた。
千代と藍華が二人で住む家は山の麓で、同年代の子との交流などないに等しい。
だからこうして機会がある時は、危険じゃない程度に遊ばせていたのだった。
幸い藍華は素直で明るい子だったので、町の子供たちにもすぐに溶け込んだ。
六歳のある日、仲良くなった子に言われた。
「藍華、お母さんを名前で呼んでるなんてなんて変ね」
「千代さんのこと?」
「そうそう」
何かの流れでその話になったのか、友達が急に思い出したように話したのか、藍華は正直覚えていない。
けれど、その言葉をとても不思議に思ったことだけは鮮明に覚えている。
藍華としては、物心ついた時からそう呼んでいたし、何より千代自身がそう呼ぶように言った為、特に違和感を感じたことなどなかった。
それにどんな風に呼ぼうと、千代が藍華の"母"であることには変わりがないのだから。
「でも、千代さんがそう呼んでって言ったよ」
「ふぅん、そっか」
それでその話題は終わったのだが、藍華の頭にはずっと残っていた。
どんな些細なことであったとしても、一度気になりだしたら止まらないのが人というもので。