第2章 『おそらくはそれさえも幸福な』
急ぎ足で帰る道すがら、段々と日が落ちていく。
思っていたよりも早い日の落ちに藍華は焦った。
山の麓の林は藍華の遊び場でもあるはずなのに、暗くなったそこはまるで別人のように冷たい表情を見せる。
足元から這い上がる恐怖に、自然と歩む足が早くなった。
(早く帰らないと)
逸る気持ちを表すかのように、もう駆け足にも近い速さで進んでいく。
あともう少し、あともう少し。
そろそろ遠目に家が見えてくる頃──
そして、日が完全に落ちる。太陽は完全に姿を消す前に一瞬輝きを強めたが、後に残るは暗闇のみ。
しかも最悪なことに、今日は新月だった。
「はぁ、はぁ…」
人気のない辺りに藍華の息遣いが響く。
しかし藍華はそれが耳に入らないほど、自分の鼓動の音が鳴っていた。
ドクン…ドクン…
まるで藍華を急かすかのように、タイムリミットを告げるかのように。
星明かりも届かぬ林の中、不意に藍華の身体が強ばった。
何も見えない暗闇から放たれる、圧倒的なプレッシャー。
ただ本能が危険だと全身で訴えかけていた。
逃げなければと思うのに、体が竦んで動かない。
それでも何とか足を動かそうとするが、膝が笑って使い物にならなかった。
(どうしよう…!)
じっと息を潜めても、プレッシャーは無くなるどころか大きくなっている気さえした。
ソレを放つ“何か”が、この先にいる。
もう既に藍華は“何か”の縄張りに踏み入れていることだろう。
いや、もうすぐそこまで近づいてしまっているかもしれない。
物音を立てたら最後。
それだけは理解していた。