第5章 御都合ライアー!【トレイ】
金曜日の夕方、トレイはハーツラビュルのキッチンにて泡立て器を握っていた。
翌日に迫るパーティーを前に、やることは山ほどある。
新年一発目のパーティーだけあって、規模は普段のものより大きく豪華。
予算を多めに貰えたこともあり、パイやケーキの種類も多く作ると決めたのはトレイだ。
生地を寝かせ、フィリングを作り、フルーツの下処理をし、使う食器やカラトリーの確認をする。
当日は朝早くから仕上げのデコレーションをしなければならなくて、目が回るほど忙しい。
だというのに、トレイの手はいつまでも泡立て器を握ったまま、卵黄を掻き混ぜている。
「……トレイ先輩、その卵はまだ混ぜるんすか? もう十分もったりしてると思うんですけど。」
「あ……? あ、そうだな。さて、次の手順に移ろうか。」
エースに声を掛けられて、やっと我に返った。
ボウルの中の卵黄はしっかりブランシールされていて、むしろ泡立て過ぎである。
幼い頃から家業に携わってきたトレイにとって、お菓子作りは呼吸に等しい。
例えどこかに意識を飛ばしていても、息をするように身体はお菓子作りのために動く。
そんなトレイの腕が繰り返し卵黄を泡立てていたのは、呼吸を乱すほど動揺していたからだ。
今朝ほど、リドルの口から告げられた情報によって。
『そうだ、トレイ。明日のパーティーにはヒカルも招待したよ。彼女は我が寮の関係者と言っても過言じゃないからね。』
紅茶を淹れるために手にしたティーカップを落とさなかったのは、ほとんど奇跡だった。
寝耳に水とはこのことだし、ヒカルが招待に応じたと聞いてさらに驚く。
最近の避けられようからして、パーティーになど絶対に来ないものかと思っていた。
これもヒカルのリドルに対する愛ゆえかと思えば、狂おしいほど胸が焦げる。
あれほどはっきりフラれても、微塵も諦められない自分に苦笑が漏れた。
リドルから話を聞いてからというもの、トレイの頭はパーティーにやってくるヒカルのことばかりを考えてしまい、今日の授業はまるで身に入らなかったというのは言うまでもない。