第5章 御都合ライアー!【トレイ】
初めてヒカルに好きだと伝えたのはいつだろうと考えて、全然思い出せない自分に驚く。
思い返してみれば、好きだと伝える数に比例して、ヒカルには何度も尋ねられていた。
『ねえ、トレイ。わたしのこと、好き?』
尋ねられるたび、好きだと答えた。
その気持ちにいっさいの嘘はなかったが、曖昧な笑みを浮かべた彼女はその後も同じ問いを繰り返した。
単なる愛の確認かと思っていたが、本当は違くて、不安の現れだったのではないだろうか。
ヒカルが最後に言い残したセリフは、今も耳の奥にこびりついている。
嘘はもういいよ、と。
ヒカルを引き留める際に発した告白はもちろん、これまでしたどの告白も信じてもらえていないのだとしたら、フラれたと思っている前提すら怪しい。
「……俺はまだ、ヒカルに告白すらしていないのか?」
「その説に一票! あいつ、ちょっと思い込み激しいし頑固だから、全然伝わってないんじゃないすか?」
「思い込みが激しいか、耳が痛いな。反省すべきところが山ほどありそうだ。」
例えば、ヒカルがずっとリドルを好きだと思っていたところとか。
「エース、ヒカルは今どこにいるんだ?」
「えーっと、待ってください。さっき来た怒りのメール、続きを読んでなくて。」
エースがスマホをスライドさせたタイミングで、カツカツと響くヒール音がキッチンに近づいてきた。
ハーツラビュルにおいて、ハイヒールを履いた寮生はひとりしかいない。
「エース、ここにいたのかい!」
「げぇッ、リドル寮長……!」
「ゲストたるヒカルたちを待たせるとはいい度胸だね! ボクが代わりに席を用意したよ。それでキミは? まさかサボっているんじゃないだろうね?」
「や、これについては深~いワケが。ね、トレイ先輩?」
「ん、トレイも一緒だったのかい。」
エースの目が、この状況を説明してくれと懇願している。
普段なら、ここでしっかりエースを庇ってやる。
原因がトレイにあるのなら、なおさら。
でも……。
「悪いな、エース、リドル。やることができたから、先に行かせてもらう。」
「え、トレイ先輩!?」
結び目を解いたエプロンを作業台に投げ、足早に急ぐ。
すぐそこにヒカルがいると思うと、面倒見のいい先輩になんてとてもなれなかった。