第5章 御都合ライアー!【トレイ】
メールで済ませられるような用件をひとつ二つ話したあと、ふとエースの視線が廊下の先へ向く。
「あれ、ヒカルだ。また横着して荷物運んで……。2回に分けりゃいいのに。」
「……ああ、本当だ。危なっかしいな、エース、手伝ってやってくれ。」
「オレが? トレイ先輩は手伝ってやんないの?」
「俺は……。実は、次の授業で使うゴーグルを寮に忘れてしまってな、取りに戻るところなんだ。」
もちろん、嘘である。
ゴーグルは実験着と共に教室の机に置いてあるけれど、学年が違うエースにはそれを確かめる術はない。
ふーん、と納得した様子のエースではあったが、面倒くさそうに頭を掻くだけで動こうとはしない。
「オレがやんなくても、誰か他のやつがやりますよ。ほら、ヒカルってばウチの紅一点だし?」
「それは……。」
エースの言うとおりで、人気者であるヒカルならば、放っておいても誰かが助けてくれる。
むしろ、彼女の方から生徒に声を掛ける確率が高い。
トレイじゃない、誰かに。
もしかしたら、ヒカルに想いを寄せているかもしれない誰かに。
「……悪いが、やっぱりエースが助けてやってくれ。代わりと言っちゃなんだが、次のパーティーではお前が好きなチェリーパイを焼こう。」
「マジっすか? んじゃ、先輩命令に従いますよ。トレイ先輩、なんかすごくヒカルが気になるみたいだし。」
「そうか? 普通だと思うぞ?」
「そういうことにしときますよ。そんじゃ、オレ行きますわ。」
含みのある言い方をして、エースがヒカルのもとへ小走りに向かう。
肩を叩かれたヒカルが嬉しそうな笑みをエースに向け、抱えた脚立を渡す。
あの笑みは、本来であれば自分に向けられるものだったのに。
そう思うと、胸の奥がじりりと焼かれる。
安全圏だと思っている後輩にまで嫉妬の炎が灯ってしまい、器の狭さに自嘲するしかない。
ヒカルに避けられるのも、ヒカルの傍にいられないのも、すべてはトレイが蒔いた種なのだ。