第5章 御都合ライアー!【トレイ】
いくらナイトレイブンカレッジが名門校で、広大な敷地を有している学園だとしても、しょせんはスクールにすぎない。
町でもなければ国でもないカレッジは、学園にしては広く、生きていくには狭い箱庭。
彼女がトレイを避けようとも、同じ箱庭で暮らしている以上、関係を断絶するのは不可能である。
昼休みが終わる少し前、廊下の先にヒカルを見つけた。
脚立を担ぎ、モップとバケツを手にした彼女は、どこかを清掃しにいく途中なのだろう。
これまでなら当然、声を掛けて手伝った。
でも今は、話しかけるのを躊躇ってしまう。
きっとヒカルは120%の確率でトレイの助けを断るだろうし、なんなら無視される可能性も高い。
それだけのことを、自分はした。
誠心誠意謝るべきだろうが、彼女にとってはそんなものに価値はなく、迷惑な行為だろう。
それに、許されたが最後、彼女との関係は本当の意味で終わりを迎えてしまう気がする。
(結局俺は、どこまでも自己中心的な人間だな……。)
終わらせるのが怖いから逃げてしまう。
でも、もしヒカルに下心を持って近づく男がいたのなら、密かに裏で潰す自信がある。
「あ、いたいた、トレイせんぱーい!」
どたどた廊下を駆ける足音と共に、名前を呼ばれた。
声の主はエースで、手を振りながらこちらに走り寄ってくる。
「こら、エース。廊下を走るな。リドルに見つかったらどうするんだ?」
「はーい、さーせん。」
ちっとも反省していなさそうなエースには、リドルも手を焼いている。
ちょっと手が掛かる子の方が可愛いとケイトは言うが、トレイもだいたい同意見だ。
「で、どうした? 俺になにか用か?」
「あー、はい。オレ、次のなんでもない日のパーティーでケーキ作りの係になったんで、その報告に。」
「ケーキ作りの係に? お前は確か、バラの色塗り係じゃなかったか?」
「同室のやつと代わったんで。」
両者の同意があれば係の交代に問題はないが、比較的楽な仕事のバラ塗り係を手放す寮生はあまりいない。
「まさか、賭けポーカーでもしたんじゃないだろうな?」
「まっさかぁ! いたってマジメな理由ですって。」
へらりと笑うエースに説得力はなかったが、言及するほど無粋ではないので見逃した。
自ら面倒事に首を突っ込む気はない。
彼女が関わっていない限り。
