第5章 御都合ライアー!【トレイ】
ヒカルがここへやってきた理由はただひとつ。
借りた部屋の掃除をするためだ。
簡易な掃除は毎日行っていたが、部屋を出て行く身として、徹底的な清掃は行っておきたい。
男性ばかりの寮に女性の髪の毛を落としていくわけにはいかないし、ベッドのシーツや枕カバーも洗うべきだ。
窓を磨いて換気をして、借りる前の状態に戻しておきたい。
大掛かりな清掃も、クロウリーから与えられた魔法の掃除道具があれば難なく行える。
早速窓を開けて外の空気を取り入れ、いつもの癖で上を見る。
危険な真似をしてヒカルに会いに来るトレイがいるわけもなく、自分の行動に笑いがこみ上げてしまう。
「なにひとりで笑ってんの? こっわ!」
「……!」
突然かけられた声に驚き振り返ると、開けっ放しにしていた入口に、こちらをじっと見つめる生徒がいた。
「エ、エース……! びっくりした、なにしてるの? 授業は?」
「んー、自習?」
「嘘つかないで。さっきユウたちが校庭で飛行術の練習をしてるの見たよ。」
「あ、そ。ま、自習は嘘だけどさ。ちょっと腹痛かったから、バルガス先生の授業はパスしたとこ。」
「……なら、保健室にどうぞ?」
授業中に寮へ帰って療養するには、寮長、もしくは養護教諭の許可が必要だ。
腹痛と言いながらけろりとした様子のエースに、そのどちらかの許可が出たとは思えない。
「リドルくんに密告したりしないから、早いところ授業に戻りなよね。」
ため息を吐きつつ掃除を再開しようすると、悪びれもしないエースが堂々と部屋の中へ入ってくる。
「ほんとはさぁ、お前に用があったんだよね。」
「わたしに?」
「そ。昨日の夜、急にオンボロ寮に帰ったっていうから、きっと部屋を片付けにくるだろうなって思って。オレらの授業中に。」
「……なにが言いたいの?」
掃除機を手にしたヒカルのもとへ、エースが寄ってくる。
肩が触れ合い、吐息が頬にかかるほど、近く。