第5章 御都合ライアー!【トレイ】
朝食を終え、始業のベルが鳴ると、ヒカルは学園長室を訪れた。
忙しいが口癖のくせに暇そうにしか見えないクロウリーに今回の事の顛末を世間話のように話聞かせながら、部屋の清掃を行う。
職員室や学園長室の管理清掃は、ヒカルの仕事である。
いつもより時間をかけて掃除をし、ついでにクロウリーとお茶を一杯ご馳走になって、ようやく彼の部屋から退出する。
窓の外で飛行術の授業を受ける一年生を見て、二限目の授業が始まっているのをしっかりと確認したヒカルは、清掃道具を持ったまま足音静かに鏡の間へと向かった。
用務員の権限でいついかなる時も闇の鏡を使用できるヒカルは、厳めしい顔つきの鏡に軽く会釈をしたあと、するりと鏡面をくぐり抜ける。
向かった場所は、ハーツラビュル寮。
授業まっただ中の現在、寮に人の気配はなく、小鳥やフラミンゴの囀りが聞こえるだけ。
ヒカルが一番会いたくない人は、今頃錬金術の実施テストを受けている……と、あらかじめ同じクラスのリリアに確認しておいた。
真面目な彼は、どこかの留年寮長のように授業をサボったりはしない。
記憶を取り戻し、オンボロ寮に戻った今、しばらく寝床にしていたはずのハーツラビュル寮はヒカルの中で“他所のおうち”という認識が強まっている。
そんな他所のおうちに仕事でもなくこっそりやってきたのは、するべきことがあったからだ。
リドルに借りたままの鍵を取り出し、差し込もうとして思い出す。
(そうだ、鍵は掛けずに出てきたんだっけ。)
昨夜、逃げるように出てきたから、施錠する余裕なんてなかった。
なにより、部屋の中には呆然とする“元恋人”を残してきたから。
気を取り直してドアノブを回すと、やはり鍵は掛かっておらず、短くも長い間お世話になった客室は、昨夜と同じままの状態でヒカルを迎えてくれた。
当然ながら、そこにトレイの姿はない。