第5章 御都合ライアー!【トレイ】
「いつから……、いつ記憶が戻ったんだ?」
「ちょっと前、マジフト部のディスクで怪我をしたでしょ? あの時だよ。」
答え合わせをするヒカルは、やはり記憶が戻ったことを否定しない。
ヒカルは戻ったのだ。
トレイの恋人だった彼女から、学園の用務員である彼女に。
「なんで、こんなことを?」
「ふふ、それってわたしが言うセリフだと思うんだけど。」
正論だ。
理由を尋ねたいのは、まさしくヒカルの方。
けれどもあまりに不可解で、尋ねずにはいられない。
記憶を取り戻したのなら、なぜこんな嘘に付き合っていたのだろう。
怒りもせず、泣きもせず、深い付き合いを求めたのだろう。
ヒカルも自分のことを好きでいてくれたら、なんてご都合的な期待はしない。
なぜならヒカルの瞳に宿る光は、浮かべる微笑みに反して淀んでいる。
「わたしね、処女を捨てたかったの。こんな歳になって経験がないとか、恥ずかしいでしょ?」
「恥ずかしい? ……わからない。俺は、ヒカルが初めてで嬉しいよ。」
この言葉に嘘はなかった。
予想外なこととはいえ、ヒカルに経験がなくて、初めての男が自分だという事実に胸が熱くなる。
だがヒカルはトレイの言葉を信じず、薄ら笑いを零すだけ。
「そう? ありがとう。」
「嘘じゃない、本当だ。本当に嬉しい。」
「うん、だから、ありがとう。」
「ヒカル、悪かった。俺からちゃんと説明させてくれ……!」
なにを言っても信じようとしない彼女は、興味がないとばかりに首を左右に振った。
「ううん、大丈夫。変な嘘はつかれたけど、別に怒ってないから。わたしもいらないモノを捨てられたし、お互い様だね。」
「いらないなんて言うなよ……!」
「だって本当にいらなかったんだもん。だからわたし、トレイに騙され続けたふりをしたの。」
まったく理解できない内容だった。
でもそれはきっと、ヒカルも同じ。
ヒカルは今でも、トレイが嘘をついた理由を知らないはずだ。