第5章 御都合ライアー!【トレイ】
トレイは最初、それがなにかがわからなかった。
なにせこのハーツラビュル寮には赤色のものが溢れかえっていて、その上裸眼の視界はぼやけている。
眼鏡の存在を思い出し、ベッドサイドに置いたそれを装着してから、もう一度シーツを見た。
赤色のそれは薔薇ほど美しくはなく、ところどころが赤茶色に変色している。
美しくはなくても、よく目にする色だった。
薔薇の棘を刺した時、包丁で指を切った時、飛行術の練習で転んだ時、皮膚を破って滲むその色。
人間の身体に流れる、血液の色。
「え……?」
最初に思ったのは、己の爪で彼女の中を傷つけてしまったのではないという懸念。
しかしトレイの爪は料理好きらしく短く整えられていて、とてもじゃないが皮膚を裂くほどの凶器になり得ない。
それに、少し傷ができたくらいで、シーツに染みを残すほど出血するものだろうか。
そこでようやく、とある疑惑が浮上した。
なぜヒカルは、自分たちが付き合っていると知った時、どこまでの関係かをあれほどまでに気にしたのだろう。
記憶を失った者として、カレッジで働く社会人として、決して不自然な質問ではなかった。
ただ、身体の関係があると知ったヒカルは想像以上に戸惑っていたけれど。
周囲で流れる噂を信じ、年上の女性だという先入観もあって、そんな疑問は一切抱かなかった。
だけど、もしかしたら、ヒカルは――。
「初めて、だったのか……?」
尋ねてから、矛盾だらけな質問だと気づいた。
セックスをしたことがあると発言したのはほかならぬトレイだというのに、そんなことをヒカルに聞いてどうするというのだろう。
しかし彼女は困惑した様子も見せず、あっさりと頷いた。
「うん、そうだよ。」
この矛盾点にヒカルが気づかぬはずがない。
それなのに微塵も戸惑う素振りを見せない彼女に、トレイは悟る。
ここ数日、ヒカルの様子がおかしかった理由に。
失っていた記憶の行方を。