第5章 御都合ライアー!【トレイ】
「ヒカル……。」
ぶるりと痙攣する彼女を抱きしめ、キスをする。
トレイの心を占めるのは、ついに一線を越えた喜びと、本当にこれでよかったのかという不安。
「……起きる。」
ずっと抱きしめていたかったけれど、いつまでもこうしているわけにもいかず、名残惜しさを覚えながらも腕を解いた。
己が吐き出したモノは水魔法で生み出した膜に包まれており、身を起こしたヒカルの脇でこっそり処理する。
数秒前には腕の中で可愛く啼いていたヒカルは、今や黙々と衣服を身につけていた。
身支度を調えるその背が、どことなく拒絶を語っている。
(これで、よかったんだよな……?)
別れると言われたものの、ヒカルが口にした理由は解決できたはずだ。
けれども考えてみれば、ヒカルは一度も撤回をしてくれていない。
「なあ、ヒカル。」
同じく衣服を身につけながらヒカルの名前を呼ぶと、すっかり身嗜みを正した彼女が振り向く。
「俺たち、別れないよな?」
誤解はとけ、問題はなくなったはずだ。
不安の種はなくなったはずなのに、どうにも嫌な予感が消えない。
暗がりの中、立ち上がったヒカルはトレイを見つめ、そして言い放つ。
「ううん、別れるよ。」
「……ッ、なんでだよ!?」
別れるなんて認めない。
ようやく、ようやくヒカルを手に入れられたのに、そう易々と手放せるはずがないのだ。
「さっきも言ったはずだよ。理由は一番、あなたがわかっているはずだ、って。」
「ヒカル、曖昧な言い方をしないでくれ!」
ベッドの下に転がったマジカルペンを拾い上げ、照明の灯りををつける。
明るくなった部屋に目が眩んだのは一瞬で、すぐにヒカルの顔を凝視した。
だが、低下した視力でぼやけるヒカルの視線はトレイに向いておらず、じっとベッドを見入っている。
「……?」
つられるようにヒカルの視線を追ってベッドに目を向け、それから眉を寄せる。
真っ白なシーツの上に、ぽつりぽつりと残る痕跡。
庭園を彩る花と同じ、薔薇色の赤。