第5章 御都合ライアー!【トレイ】
トレイがヒカルの部屋を訪れる夜は、必ずあらかじめ約束をしている。
いつでも窓の鍵を開けておくのは不用心だからやめるよう、他ならぬ彼が言っていたのだ。
過保護で甘い、嘘の恋人。
トレイはいつになく不服そうな顔でヒカルの前に立ちはだかった。
「わかっていて聞いてるだろ、それ。」
人目を忍び、夜中にわざわざトレイがやってくる理由は予想がつく。
予想はつくものの、その答えに意味があるのかは謎。
「さっきの話、納得ができない。」
案の定、トレイは別れ話を掘り返す。
嘘の恋人を続けることになんの意味があるのか、別れ話で修羅場を演じることになんの意味があるのか。
「納得ができないのなら、それでいいよ。円満に終わらせたいなんて考えてないから。」
「終わりなんて誰が決めたんだ。俺は、別れない。」
憮然とした態度のトレイに呆れ果てる。
誰が決めたもなにも、最初から始まってすらいないのに。
「馬鹿じゃないの?」
「ああ。俺は馬鹿だから、ちゃんと理由を言ってくれないとわからないんだ。」
「ああ、そう。」
理由を言えば、納得するのだろうか。
記憶を取り戻し、嘘をつかれたことに気づいたと言えば引き下がってくれるのか。
「……別に、わたしのことなんて好きじゃないでしょ?」
悩んだ挙句、ヒカルは打ち明けなかった。
恋人だと嘘をつかれた件に関しては、恨んでいない。
ヒカルの記憶が戻ったことは、明日には学園全体に知れ渡るだろうけど、それを面と向かってトレイに言うつもりはなかった。
言ったらきっと、苦しい顔をしてしまうから。
しかしトレイは、ヒカルのなけなしの気遣いを無視する。
「好きだよ。何度も言っているだろ。」
「……いいから、本当に。」
「好きだって。どうしてそんなに疑うんだ?」
どうしてもこうしてもあるものか。
ヒカルとトレイを結んでいたのは愛情なんかじゃなく、あさましい嘘だけ。
だから、今日だって。
「わたしのこと、抱けなかったじゃない。」
こんな惨めな理由を、口にしたくなんてなかったのに。