第5章 御都合ライアー!【トレイ】
夕食は食堂でとらず、売店で買ったサンドイッチで済ませた。
町のベーカリーで仕入れているというそれは小麦の風味が香ばしいものの、以前食べたトレイのサンドイッチより美味しくはない。
とても美味しかったサンドイッチは、恋人が自分のために作ってくれたという愛の調味料があってこそ、美味しく感じられたのだろうか。
(……なんてね、馬鹿馬鹿しい。)
使い込まれた作業着をバッグに押し込んで、荒々しくファスナーを閉じる。
明日、ヒカルはハーツラビュル寮を出て行く。
まだ誰にも話していないが、朝になったら記憶が戻ったことをリドルに伝え、オンボロ寮へ戻ろうと思っていた。
だってもう、ここに留まる理由はないのだ。
失くした記憶は戻り、恋人を失い、野望も諦めた。
ならば、さっさと自分が在るべき場所へ戻ろう。
(使わせてもらった部屋の掃除は、みんなが授業をしている時間にでもさせてもらえばいいか。)
荷物を詰めたバッグをドアの傍に放る。
ここへ来た時と同じく、ヒカルの荷物はバッグひとつ。
持ち物が少ない身軽さが、今はとてもありがたく思えた。
――カツン。
部屋の窓から小石がぶつかるような音がした。
「……。」
振り返り、窓をじっと見つめる。
窓の鍵は開けていない。
リドルは、何者かがヒカルの部屋に侵入しようとすると警報が鳴る魔法をかけたと言っていた。
だからきっと、彼は窓を割って無理やり押し入る真似はしない。
――カツン。
このまま気がつかないふりをすればヒカルは穏やかに朝を迎え、ハーツラビュル寮を出ていける。
彼は、いつまで待つのだろう。
開くはずもない窓を見下ろしながら寮の外壁に立ち続け、いつまで危険を冒すだろう。
――カツン。
三度小石をぶつけられ、大きくため息を吐く。
万が一、落下して怪我でもしたら寝覚めが悪い。
それだけだ。
鍵を外し、窓を開く。
数歩下がって待てば、侵入者はすぐに現れた。
「トレイ、なんの用?」
闇夜に紛れ、数時間前に別れたはずの恋人がヒカルの前に立っていた。