第5章 御都合ライアー!【トレイ】
ここまで言っても、トレイは嘘を認めてくれなかった。
ヒカルが認めてほしい嘘は、恋人関係を偽装していたことではない。
トレイがヒカルを好きだと言った嘘。
好きでもない女に愛を囁き続ける気持ちは、どんなものだったのだろう。
もう今さら、知りたくもないけれど。
リドルの件は、きっとトレイの中で解決したはずだ。
ヒカルがリドルを恋愛対象として好きではないと知れば、こんな嘘を続ける必要もないと察したに決まっている。
これ以上、なにも言わないで。
あなたの嘘は、許すから。
乙女心を弄ぶ残酷な嘘だったけれど、トレイを利用しようとしたのはヒカルも同じだ。
恋人ごっこは続けられない。
たぶん、友達にも戻れない。
とはいえ、ヒカルたちは最初から恋人でも友達でもなかったけれど。
生徒と用務員。
元ある場所に戻るだけ。
「待ってくれ、ヒカル。」
言わないで、なにも。
例え謝罪の言葉であっても、今のトレイからはなにひとつ聞きたくはない。
その代わり、ヒカルも謝らない。
嘘をついていたのはヒカルも同じで、記憶が戻ったことも隠し続けた。
要するに、ヒカルたちは二人とも嘘つきだ。
責める資格もありはしない。
「ヒカル、俺は――」
「エース!」
なにかを言おうとするトレイを遮り、都合良く見つけた青年の名を呼ぶ。
振り向いたエースは運動着姿で、駆け寄るヒカルを見て「おー」と手を上げかけ、トレイに気がつき目を丸くする。
「休日に運動着なんて珍しいね。どこ行ってたの?」
「え、あー……、部活。」
「そうなんだ、頑張ってるね。一緒に帰ろう!」
「は? いや、でも……。」
「帰ろう。」
部活後でベタつきが残るエースの腕を、ぐっと掴んだ。
すぐそこにトレイがいるのだ、エースがなにも思わぬはずがない。
けれどもエースは小さくトレイとヒカルを見比べたあと、黙ってヒカルの誘いに応じてくれた。
今日ほどエースに感謝した日はない。