第5章 御都合ライアー!【トレイ】
あまりにも平然と、突拍子もなく告げられたものだから、最初は聞き違いかと思った。
「……すまない、もう一度言ってくれ。」
「うん、だから、別れようって言ったの。」
改めて告げられた言葉は、やはり、聞き違いなんかじゃなかった。
「それはまた……、どうして?」
わからない、理由が全然わからない。
デートをして、手を繋いで、キスをして、そんな要素はどこにもなかったはずだ。
せっかくホテルに誘ってくれたヒカルの好意を無下にしてしまったが、彼女は笑って許してくれた。
「わからないの?」
ヒカルの眉尻が下がり、困り顔で微笑む。
その笑顔がますますトレイを追い詰めて、焦燥から手に汗が滲んだ。
「……リドルのことを、聞いたからか?」
一度だけ、空気が悪くなった時間。
我慢ができなくなって、ついリドルのことに触れてしまったあの時である。
それが原因でヒカルの不興を買ったのかと問えば、彼女は笑って否定する。
「違うよ。前から言おうと思ってたんだけど、わたしはリドルくんとどうこうなろうと思っているわけじゃないから。ただの憧れなの。」
「なら、どうして。」
リドルのことは、意外でもなんでもなかった。
ヒカルがリドルやエペルのことをアイドルのように慕っているのは、薄々気がついていたのだ。
リドルやエペルを恋愛的な意味で好きなわけじゃない。
ならばどうして、今になって別れたいなどと言い出したのだろう。
「俺に悪いところがあるのなら直すよ。言ってくれなきゃわからない。」
気に入らないところがあるのなら、直せばいいだけ。
容姿など直せないところもあるけれど、それ以外ならできる限りの努力をするつもりだった。
しかしヒカルは、ふふっと吐息だけで笑ったあと、冷たく悲しい目をして言った。
「わからないところが問題なの。あなたはとっくに、原因を知っているはずでしょ?」
突き放すように、ヒカルが一歩後ろに下がる。
恋人にしても、友達にしても遠いその距離は、ヒカルとトレイの心の距離を具現化していた。