第5章 御都合ライアー!【トレイ】
すっかり暗くなってしまった帰り道を、ヒカルと並んで無言で歩いた。
帽子と伊達眼鏡で変装したヒカルは普段よりきっちりしていて、先ほどまでの彼女が嘘であるかのよう。
裸体を曝し、魅惑的な姿で情欲を煽る彼女は淫魔の化身のようであった。
一線を越えたかったトレイにとって、願ってもないシチュエーション。
積極的すぎるヒカルに疑問を抱きつつも、喜んで応じるつもりだった。
記憶を取り戻してもヒカルが離れていかないように、本当の恋人になれるように、安心材料がひとつでも多く欲しかった。
そんなものは結局、トレイの都合でしかなかったのに。
それに気づかされたのは、情けなくもギリギリのラインまで迫った時だった。
誘惑に負けて硬くなったモノを押し当て、秘めたる花園に押し入ろうとしたその時。
ほんの一瞬、ともすれば見逃してしまいそうな一瞬の間、ヒカルの顔に怯えが混じった。
怖いのだ、彼女は。
怖いくせになぜこんな強行手段に出たのか、トレイにはわからない。
失くした記憶のせいで、孤独を感じていたのかもしれない。
偽りの恋人との関係に、疑念を持ったのかもしれない。
どんな理由があるにしても、このままじゃいけないと思った。
怯えを隠すヒカルに気がつかないふりをして、都合良く抱くのは間違っている。
笑える話だ。
下衆な手段を用いて、最初から間違っている行為だと知っていたくせに、今さら真摯に向き合おうだなんて。
馬鹿らしく、傲慢で、都合の良い話だと自覚していても、トレイはヒカルの理解者になりたかった。
傍にいて、支える存在になりたかった。
これまでも、これからも。
学園の校門をくぐり、グレート・セブンの像の前でヒカルが足を止めた。
必要がなくなった伊達眼鏡を外し、帽子を脱ぎ、乱れた髪を整える間もなく振り返り、迷いない瞳で告げられる。
「トレイ、別れよう。」