第5章 御都合ライアー!【トレイ】
トレイとキスをするのは、これが初めてではない。
恋人だと嘘をつかれてから今日まで、何度かキスをした。
はっきり言って、ドキドキした。
与えられる温もりから愛情が伝わってきて、記憶がなくてもドキドキした。
まあ、実際には愛情なんてものは存在していなかったけれど。
まったく、たいした演技力だ。
うっかり騙されそうになってしまったではないか。
優しく触れ合うだけの口づけが徐々に深まり、舌と舌が絡み合う。
これまでになくヒカルは積極的に応じ、トレイのバスローブの袖を握った。
(ねえ、今、どんな気持ち?)
トレイとヒカルの間に、愛情なんてものはない。
ならば今、トレイはどんな気持ちでヒカルとキスをしているのだろう。
ラッキーと思ってくれるのなら、まだいい。
でももし、彼が不運だと感じているのなら、ヒカルはどうすればいいのだろう。
(……あなたが始めたことなんだから、最後まで責任取ってよ。)
それが願いなのか、自棄なのか、ヒカルには判断がつかなかった。
やがて、重なり合っていた唇が水っぽい音を立てて離れた。
至近距離で見つめてくるアイビーグリーンの瞳は、嘘つきとは思えないほど清く澄んでいる。
「……今、なにを考えているんだ?」
ヒカルが心の中で感じたことを、トレイが問う。
いつになく積極的なヒカルを怪しんでいるのだろうが、本音をべらべら喋るはずもない。
「ドキドキ、してるよ。」
質問の答えになっていないそれは、嘘ではなかった。
記憶が戻っても、トレイに騙されていると気づいた今でも、胸がドキドキしている。
その事実が悔しくて、少しはだけたトレイの胸に頬を寄せてしなだれかかる。
「ねえ、トレイ。わたしのこと、好き?」
付き合っているのならごく自然なセリフを口にすれば、トレイは当然のように――。
「ああ、好きだよ。」
当然のように、嘘をつく。