第5章 御都合ライアー!【トレイ】
今日、処女を捨てる。
確固とした決意のもと、ヒカルはバスローブの袂をぎゅっと握りしめた。
(大丈夫、上手くいく。)
臆病風に吹かれてしまわないように、自分を奮い立たせた。
ベッドの前で待つトレイの心は、表情からは読み取れない。
困惑しているようにも見えるし、期待しているようにも見える。
(気にしちゃダメ。トレイがどう思っていても、やることはひとつなんだから。)
悪くない。
決して自分は、悪くない。
こんな状況を作ったのは、元はといえば彼の嘘。
それを逆手にとって利用したとしても、ヒカルに非はないはずだ。
このくらいの応酬をしたとしても、きっと許される。
ああ、でも。
(トレイと“付き合って”から、わたし、嫌な思いはしてないな。)
嘘をつかれ、偽りの恋人ごっこを演じさせられたけれど、騙されている間、ヒカルは不快な思いはしなかった。
むしろ、トレイの隣はとても――。
(……ダメ、余計なことは考えない!)
これ以上余計な考え事をしてしまえば、進めなくなってしまう。
目の前のことにだけ集中するために、視線を上げて艶然と笑んだ。
ごくり、と生唾を呑んだトレイの首へ両腕を絡め、キスを強請る。
本当は自分から唇を重ねたいところだけど、背が高いトレイには少し屈んでもらわないとキスができない。
(ほら、ね、わたしは軽い女でしょ?)
トレイが恋人を演じたように、ヒカルも男に慣れた女を演じる。
もしヒカルが処女だとバレてしまったら、恐らく彼はこの嘘をやめるだろう。
ヒカルが知るトレイ・クローバーはそういう男だ。
駆け引きは、得意じゃない。
得意ではないけれど、せめて彼がヒカルの嘘に気がつくまでは、精一杯戦ってやろう。
やがて降ってきた口づけは、ほろ苦い罪の味がした。