第5章 御都合ライアー!【トレイ】
「………は?」
大きな瞬きを繰り返すトレイの顔から黒縁のメガネがずり落ちる。
いかにも虚を突かれましたと言わんばかりの反応に、若干胸がすいた。
「どうしたの? そんなにびっくりした顔をして。」
「どうしたって……。俺の説明を聞いていたのか? あそこは、ただのホテルじゃないんだぞ?」
「ちゃんと聞いてたよ。ラブホなんでしょ? わたしたちも行ったことがあるラブホ。なら、わたしの記憶が戻るきっかけになるかもしれないし。」
ぐっ、とトレイが砂を噛んだような顔をした。
ヒカルの記憶が戻るわけがないと、彼は知っているのだ。
なぜなら、ヒカルたちはあのホテルへ行ったことがないし、デートだって今日が初めて。
思い出がない場所へ足跡辿りに訪れたとて、意味などまったくない。
それ以前に、ヒカルの記憶はすでに戻っているのだが。
「それとも、時間的に厳しい?」
「いや、門限まではまだ余裕があるが……。」
「じゃあ、行こうよ。」
「……わかった。」
頷いたトレイの眉間には、僅かに皺が残っている。
恋人でもない女性に誘われて困っている、というわけでもないだろう。
なにせ彼は、これまでもヒカルに散々触れてきた。
それこそ、本番一歩手前まで。
(……触るのはよくて、ヤるのは嫌とかだったらはっ倒す。)
よくあるスパイ漫画じゃあるまいし、その気もないのに本番直前まで事を進め、実際にはそれすらも演技だったとしたら本気でぶん殴る。
とはいえ、ヒカルにトレイを責める資格はない。
だって、ヒカルの目的こそ“トレイの身体”と言っても過言ではないから。
もしトレイがセックスの手前までを目的としているのならヒカルは真逆で、本番にしか興味がない。
ヒカルの目的はあくまで、捨てそびれた処女を脱すること。
前戯なんてどうでもいい。
どんな経緯であっても、身体の奥底を守る膜さえ破れるのならばそれでいいのだ。
「トレイ、行こう?」
この決意が消えないうちに、怖じ気づいてしまわないうちに、ヒカルは恋人の腕に自らのそれを絡めた。