第5章 御都合ライアー!【トレイ】
異世界での初めての外食は、物々しい雰囲気で幕を下ろした。
たった一切れのチーズケーキが引き起こした険悪な空気。
それでもトレイは恋人ごっこをやめようとしないのだから笑えてしまう。
(そんなにリドルくんとわたしを引き離したい?)
なぜこんな茶番をトレイが演じるのか理由は明らかになっていないが、きっとリドルにまとわりつかせないためだとヒカルは思っている。
大事なリドルのために、ヒカルを嘘の恋人にした。
そう思うと、これまで冷めることのなかったリドルへの熱が別のものに変化していく気がした。
会計で全額の支払いを済ませるトレイの後頭部を憎々しげに睨み、それから小さなため息を落とす。
(そんなことしなくても、よかったのに。)
好きでもない女をデートに誘わなくても、好きでもない女にお金を使わなくても、ただ一言、「リドルにあまり近づかないでくれ」と言ってくれればよかったのだ。
そうすればヒカルはリドルに恋をしているわけではないと説明できたし、トレイは馬鹿げた嘘をつかなくても済んだし、そして……。
(わたしに利用されずに済んだのにね……。)
カフェを出た二人は、会話がないまま町を歩いた。
今この時、トレイがなにを思い、どんな気持ちでいるのかをヒカルは知らない。
知らなくていいと思った。
知らないままでいれば、これからつこうとしている嘘への罪悪感も減るだろうから。
「……ねえ。」
気まずい雰囲気を消し去るように声を掛け、トレイの手を握った。
ヒカルから彼の手を握るのは恐らく初めてで、トレイは少しだけ驚いた顔をしていた。
「……どうした?」
「ね、あの建物はなに?」
そう言って指さした方向へ顔を向けたトレイは、ぎょっと目を見張ったあと、視線を泳がせて頬を掻く。
「あ、あ~……、あそこは……。」
メルヘンチックな建物は学園内の城に比べていかにも安っぽく、ついでに言うと趣味が悪い。
こういう用途の施設が醸し出す雰囲気は、現実も異世界も変わりがないらしい。
つまるところ、ヒカルはその建物がなにかを理解していた。
趣味が悪いメルヘンチックな建物――ラブホテルである。