第5章 御都合ライアー!【トレイ】
時は現在に戻り、迎えた週末。
授業も部活もない休日の昼間、トレイは校外の町へと足を運んでいた。
休日に町へ出掛けるのは珍しくもなく、授業時間でさえなければ生徒の行動は自由であり、門限を守れば外出も許されている。
校内でサムが営むミステリーショップは品揃えがよく、あらゆるものが手に入るけれど、お菓子作りに使うフルーツ類は専門店で吟味するのがトレイの主義。
だが、今回町を訪れたのは、そういった事情とはまったく関係がない。
ベンチがいくつも設置された噴水がある広場で、トレイは腕組みをしながら待ち人の姿を探した。
「……トレイ。」
空耳かと疑うほどの声量で名前を呼ばれ振り向けば、数メートル後方にあるアーモンドの木陰からこそこそ様子を窺う女性を発見した。
目深に帽子を被り、丸い伊達眼鏡をつけた女性は多少雰囲気が変わっていてもトレイの“恋人”その人で、挙動不審なヒカルに首を傾げながら近づいた。
「なにしてるんだ、そんなところで。かくれんぼか?」
「ち、違うよ。よく考えたら、二人で町に出掛けるとか危ないなって思って……。」
なるほど、どうやら変装のつもりらしい。
休日の昼間なら、遊びにやってきた顔見知りの生徒と鉢合わせることもあるので、秘密のデートには不向きだろう。
「そんなに身構えるなって。大丈夫、もし誰かに見られても、上手い言い訳くらい考えてあるから。」
「そ、そうなんだ。でも、変な噂とか回っちゃうんじゃない?」
「大丈夫だって。そんなに俺の言うことが信用できないか?」
「そういうわけじゃないんだけど。」
ヒカルの気持ちはわかる。
異世界からきた彼女は学園の保護下で生きており、職を失えば生活を失うも同義。
けれど、生徒との交際を認めなければいいだけの話。
真面目な生徒であるトレイは教師陣の信頼も厚く、「買い出しを手伝ってもらっただけ」とでも言えば信じてもらえるだろう。
とはいえ、トレイとヒカルが二人きりで出掛けていた噂はきっと流れる。
それについて、いちいち否定して回るつもりはない。
もとより、そういう噂が立つことこそが目的なのだ。
生徒に人気な女性用務員とハーツラビュルの副寮長はデキている。
そんな噂が回れば他生徒への牽制になるし、いずれ、ヒカルが記憶を取り戻した時の足枷になるはずだから。