第5章 御都合ライアー!【トレイ】
間もなく目を覚ましたヒカルは、事故のことなど覚えていなかった。
いや、事故だけではない。
クルーウェルへの用事も、束の間のホリデーも、あのマジフト大会も、三ヶ月間の記憶をすべて。
無関係な事故に巻き込まれ、ただでさえ不安だらけな異世界で記憶を失うなど、なんとも哀れで、なんとも都合がいい。
泣きそうになりながら瞳を揺らすヒカルにトレイが掛けた言葉は、慰めでも労わりでもなく、とんでもない嘘。
『本当に、わたしとトレイくんが……付き合ってたの?』
『付き合ってた、じゃない。付き合ってる、だ。まるで終わったみたいな言い方はしないでくれ。』
よくもまあ、こんな嘘が平気でつけるものだと自分自身に感心した。
信じきれないヒカルから質問をされても、顔色ひとつ変えずに答え、しだいに彼女は信じていく。
罪悪感は、なかった。
それよりも、例え偽りでもヒカルが自分の恋人になったことが嬉しくて。
魔法と違って、効果は切れない。
しかし、ヒカルの症状はあくまでも一時的なものである可能性が高く、永遠とは言えなかった。
彼女を永遠に自分の元に繋ぎとめておきたければ、限りある時間の中で嘘を本物に変えるしかない。
誠実さとは正反対の方法で手に入れたヒカルの唇は甘く、恐ろしいほどにトレイを惑わせる。
焦る必要はない。
まずは、外堀から埋めていこう。
いつかヒカルが記憶を取り戻した時、自分から離れていかないように。
離れられなくなっているように。