第5章 御都合ライアー!【トレイ】
トレイのユニーク魔法は、長続きしない。
ヒカルにかけた魔法は間もなく切れ、正気に戻った彼女の頬はみるみるうちに紅潮した。
『ご、ごめん! わたし、なにしてんだろ……!』
トレイを突き飛ばすようにして離れたヒカルは、未だに自分の行動が信じられないようで、狼狽えながら必死に謝ってくる。
『ごめん、ごめんね。この間から、わたしちょっと変だよね。本当にごめん。』
この間も、そして今日も、ヒカルがおかしいのはトレイのせい。
けれども彼女はトレイをちっとも疑わず、自身の異常行動に首を傾げるばかり。
ナイトレイブンカレッジに不釣り合いな純朴さが、愚かしくて可愛らしい。
『……ヒカル。』
『あ~、なにも言わないで、お願い! わたし今、すごく恥ずかしいの。変質者に会ったと思って忘れて!』
自分にこそ非があるのだと信じて疑わないヒカルは、無理がある言い分を述べては踵を返した。
小走りに立ち去っていくヒカルの背を引き留める権利はトレイにない。
魔法は、いつかは解けてしまうもの。
どんなに魔力が高くても、完成された魔法式でも、永遠に解けない魔法はない。
魔法が解けてしまうと同時に消え失せた、ヒカルの綻ぶような笑顔。
あの笑顔を永遠にしたいのなら、魔法に頼らずヒカルを振り向かせるしかない。
年上で、異世界人で、トレイのことなどちっとも好きじゃない彼女を。
『……参ったな。』
当たり障りなく面倒事を躱す術も、優秀な統率者を陰ながら支える術も知っている。
けれど、自分こそが一番だと名乗りを上げる術は知らない。
そんなふうに思ったことなんて、今まで一度もなかったのだから。