第5章 御都合ライアー!【トレイ】
溶け出した砂糖のような涙を指で拭った時、魔法の効果が切れた。
元に戻ったヒカルは何度か大きく瞬きながら、不思議そうにトレイを見つめた。
そして数秒後、ハッと我に返る。
『わ、わたし……ッ、なに言ってんだろ……!!』
ガタンと大きな音を立て、ヒカルが立ち上がった。
勢いで椅子がひっくり返ったが、気にする余裕はないようだ。
『ごめん! 今の、ぜんぶ、忘れて! 忘れて!!』
短時間意識を変えさせても、魔法にかかっていたヒカルの記憶が消えるわけではない。
自分の行動を振り返ったヒカルはパニックを起こし、顔を赤くして、それから青くなった。
『ああ、もう、なんで……!?』
『ヒカル、大丈夫だから落ち着け。』
なんとか宥めようと立ち上がりかけたが、かえってそれが良くなかったようで、過剰に反応をしたヒカルが飛び退いた。
『わたし、帰る! ごめん……。なんかいろいろ、ごめんね!』
そう言い残し、逃げるように飛び出していったヒカルを追うことはできなかった。
負傷した身体ではまともに走れるのかも疑問だし、なによりヒカルを追いつめてしまいそうで。
(次に会った時、話し合えばいいか……。)
当初の目論みであったヒカルの弱みは知り得なかったものの、彼女がなにかに悩み、辛い思いをしていたのは事実。
同じ学園で暮らしているのだ、きっとすぐにまた会える。
ヒカルが飛び出していった部屋の扉を見つめながら、下ろしかけた足をベッドに戻した。
けれども、トレイの心は粟立ったままいつまでも落ち着かず、ごろごろと寝返りを打つばかり。
気がつけば、部屋の窓を覗いてヒカルの姿を探していた。
寮の窓からは、鏡を隔てた学園の景色など見えやしないというのに。