第5章 御都合ライアー!【トレイ】
初めて握ったヒカルの手は、荒れていた。
デスクワークでもなく、掃除や雑務ばかりを任されるのだから荒れていて当然。
手荒れは努力の証拠。
初対面から今まで、ヒカルのことをどこかあざとい女性だと思っていたトレイは、ここでもやはり心が揺れた。
握る手にぎゅっと力込めると、閉ざされたヒカルの唇がようやく開く。
『見ているだけでいたかったの……。』
落とされた呟きは苦悩に満ちていて、まるで懺悔をする罪人のようだ。
『見ているだけで、傍観者でいたら満足だなって……。でも、それって、誰かが傷つくとわかっていながら、無視することなんだって気づいたの……。』
一度口火を切ったら、ヒカルの懺悔は溢れた。
しかしトレイには、ヒカルが言いたいことがわからない。
傍観者とか、無視とか、予見者のようなセリフに首を傾げてしまう。
『わたし、トレイくんが怪我をするって知っていたのに、なにもしなかった。それが正しいと思ったから。……でも。』
ぽろり、とヒカルの瞳から涙が零れた。
結果的にはトレイが泣かせたようなもので、慌ててしまう。
『ヒカル、泣くな。俺が悪かったよ……!』
『ごめん、ごめんね。ごめんね、トレイくん。』
宥めようと背中を撫でても、ヒカルの涙は止まらない。
彼女はまさしく、懺悔をしにきたのだろう。
内容はまったく理解できないものだったけれど。
当たり前だ。
トレイは今まで、ヒカルのことを理解したいとも思わなかったのだから。
どんなことに悩み、悲しみ、辛さを感じるのかも、なにも。
ふと、エースやデュースならば理解できるのかと思ったら、無性に悔しくなる。
この悔しさがどこからくる感情なのかトレイ自身にもわからず、謝罪ばかりを口にするヒカルの背を、ただ撫で続けるしかできなくなった。