第5章 御都合ライアー!【トレイ】
『よくわからないが、話してみたらどうだ? 怪我人でも話を聞くくらいはできるぞ?』
『やだな、わたしは元気だってば。』
心配をするふりをして、本当はヒカルの弱みを知りたいだけ。
普段なら、誰かの隠し事を無理に聞き出したりはしないのに、ヒカルに限っては我慢ができなかった。
たった数年早く生まれただけで、大人ぶる彼女の表情を崩してやりたかったのだ。
“ドゥードゥル・スート”
この時、トレイが塗り替えたのは、ヒカルの感情。
緊張と警戒を、信頼と安心に上書きした。
人の心を塗り替えるのは、倫理的に間違っている。
それがきちんとわかっているから、これまでに感情の上書きなんてしたことがないし、したいとも思わなかった。
だというのに、なぜトレイは好奇心に打ち勝てず、マジカルペンを握ってしまったのだろう。
ユニーク魔法が成功すると、ヒカルからたちまち警戒が解け、肩の力が抜けたように見えた。
ドゥードゥル・スートの効果は数分と保たないため、行動は早く起こさなければ。
『……ほら、元気がない理由を教えてくれるだろ?』
促すと、ヒカルの瞳がじわりと潤んだ。
潤んだだけで、零れたわけじゃない。
彼女は決して泣いてはいないのに、一歩手前の表情にトレイの心が揺さぶられた。
強かに生きているように見えるヒカルでも、泣きたいほど辛いことがあるのだ……と。
知りたい。
弱みなんかもうどうでもいいから、ヒカルが抱える辛さが知りたい。
知りたい欲求が高まって、本来の目的も忘れ、身を乗り出してヒカルの手を握った。
『なんでも言ってくれ。お前の力になりたいんだ。』
この時のセリフに、嘘はなかった。
自分の力で解決できるなら、できる限りヒカルに寄り添って助けてあげたい。
例え魔法が解けてヒカルに警戒が戻ったとしても、トレイの気持ちは変わらぬままだと確信できた。