第5章 御都合ライアー!【トレイ】
正直に言って、ヒカルが見舞いに来てくれるとは夢にも思わなかった。
エースやデュースとは違って、そこまで深い付き合いをしていないし、第一、彼女が寮生のプライベートゾーンに踏み込んできたのが意外だったのだ。
『どうした? なにか俺に急用か?』
無意識に髪を撫でつけ、ベッドの上に散らかっていた雑誌を隅に追いやりながら尋ねると、ヒカルは緩く首を左右に振った。
『ううん、ただのお見舞い。ごめんね、ちょっと顔を見に来ただけなの。すぐに退散するから。』
『そう言われると寂しいな。ちょうど暇をしていたところなんだ、話し相手になってくれたら嬉しい。』
『……そう? じゃあ、お言葉に甘えて。これ、よかったらルームメイトのみんなで食べて。お菓子作りの達人に焼き菓子を渡すのもどうかと思うけど、いいものが思い浮かばなくて。』
チェストの上に置かれたバスケットの中には、数種類のクッキーやフィナンシェなどの焼き菓子が詰められていた。
見舞いの品を持参するあたり、社会人と学生の壁を感じる。
『気を遣わせて悪いな。ああ、今椅子を……。』
『いいよ、大丈夫。自分でできるから。怪我人は安静にしていなきゃでしょ?』
トランプ柄の椅子をベッドに寄せたヒカルは困った顔をしながらトレイを留めた。
家でも寮でも“良き兄”のポジションに立たされることが多かったトレイの目には、その表情が新鮮に映る。
学園の教員たち、留年常習犯のレオナなど、トレイの周りには多くの年長者がいるはずなのに、ヒカルが年上で自分が年下である事実がやけに居心地悪く思えた。
だから、つい、余裕を取り戻したくて聞かなくてもいいことを聞いてしまう。
『見舞いに来てくれたのは嬉しいが、なんだか元気がないように思えるのは俺の気のせいか?』
『え、そう…かな……? いつもどおりだと思うけど。』
ヒカルの顔に、僅かな焦燥と気まずさが滲み出る。
すぐに取り繕おうとするあたり、触れてほしくない部分なのだろう。
しかし、そんな彼女の反応を見て、トレイの心に芽生えたものは不思議な感情。
ヒカルが隠したがるものを今、発見したのだという優越感。