第5章 御都合ライアー!【トレイ】
夕食もほとんど取らずにハーツラビュルの部屋へ引きこもったヒカルは、たんこぶができた頭を悩ませる。
ヒカルを騙してくれたトレイを騙し返し、処女を押しつけるにはどうすればいいか……と。
(記憶が戻っていないフリをするのは、絶対だよね。)
ヒカルが記憶を取り戻すことは即ち、トレイの嘘が明るみに出ることを意味する。
そうなれば意味不明な恋人ごっこは終わりになるし、彼との友情すら怪しいものになるだろう。
今さらヒカルも、トレイと友情を育みたいとは思わない。
(とりあえず、今までどおり恋人っぽく振る舞って、わたしからも積極的に…――)
などと、作戦にしては低レベルな企てをしていたところで、部屋の出窓がコツンと音を立てた。
「……!」
ハッとして窓を開け、上を見上げれば、壁伝いにヒカルの部屋までやってきたトレイが立っている。
「よかった、まだ寝ていなかったんだな。」
「あ、うん。」
中途半端に仕事を放って以来、誰にも会わずに部屋へ戻ったため、今日はトレイと約束をしていない。
もしヒカルが寝ていたら、トレイはどうするつもりだったのだろうか。
「エースから聞いたよ。マジフト部のディスクが当たったんだって? 怪我はないのか?」
窓から部屋に入ってきたトレイが、ヒカルを心配して抱き寄せようとする。
近すぎる距離に、思わず半歩下がった。
「ヒカル?」
「あ、ごめん。大丈夫、たいした事故じゃなかったから。」
やってしまった、と内心舌打ちをした。
トレイの嘘に騙されているフリをしようと決めたはずなのに、経験値不足のせいか無意識に壁を作ってしまう。
「心配してくれてありがとう。」
気を取り直して微笑みを浮かべたヒカルは、自らトレイに近寄り“彼女”を演じた。
「……無事ならいいんだ。こういう時、ヒカルがスマホを持っていないのは本当に不便だな。今度の休み、買いに行かないか? 契約には俺の名義を使えばいい。」
「う、うーん。」
連絡ツールがないのは確かに不便だけど、契約の名義をトレイにするのはいかがなものか。
いずれ嘘が明るみに出て、別れた時に面倒くさそうだ。
トレイだって、それがわからないほど馬鹿ではないだろうに。