第5章 御都合ライアー!【トレイ】
すべてを思い出したヒカルに、様々なものが襲い掛かる。
悲しみ、怒り、安堵、そして後頭部の痛み。
それらの中でヒカルの胸を一番に占めたのは、やはり、疑問である。
(トレイは、なんでこんな嘘を……?)
事実にない嘘をつかれ、とんだ三文芝居に付き合わされたことに対し、怒りや悲しみは大きい。
けれど彼は、理由もなくヒカルを騙すような人ではなかった。
ヒカルの記憶の中のトレイは、優しいお兄さんである。
年齢で言えばヒカルの方が年上になるが、不慣れな学園生活の中で手料理を差し入れてくれたり、校内で会えば声を掛け、率先して手伝いをしてくれるような優しい人。
そんなトレイがなぜヒカルを騙したのか、記憶を取り戻した今でもわからない。
唯一の心当たりといえば、リドルに黄色い歓声を上げすぎたことだろうか。
本人の知らないところで「カッコイイ!可愛い!」と騒ぎ、ケイトに彼の写真を譲ってもらっていた。
この行動はトレイの目に留まっていて、彼はあまりいい反応を示さなかったように思える。
リドルはトレイの大事な幼馴染みだから、当然といえば当然だ。
だから、リドルから引き離すために、ヒカルに嘘をついたのだろうか。
(だとしたら、ちょっとヒドくない?)
リドルから距離を取らせたいなら、なにも恋人のフリをする必要はなかった。
もっと適当な嘘をついて、ヒカルを遠ざけることも可能だっただろう。
それなのに、トレイはヒカルを騙し、純情たる乙女心を弄んだ。
誰もいない科学準備室でのあれこれを思い出し、羞恥と共に怒りが湧き上がる。
どうせ、トレイは、ヒカルが男に慣れた非処女とでも思ったのだろう。
ああ、腹が立つ。
腹が立って仕方がない。
悪かったな、処女で。
悪かったな、男に慣れない女で。
「そっちがそういうつもりなら、わたしにも考えがあるんだから……!」
ああ、そうだ。
ヒカルの恋人を演じてくれるのなら、都合がいいじゃないか。
彼が求めるように、男に慣れた女になろう。
ずっと捨てたかった処女を、押しつけてやる。
「そんで用済みになったら、こっぴどくフッてやるんだから!!」