第5章 御都合ライアー!【トレイ】
思い出した、なにもかも。
渡り廊下から去ったヒカルは、あてもなく校内を駆け抜けていた。
息を吸うたび、吐くたび、忘れていたはずの記憶が頭に染み込んで、より鮮明になっていく。
2章では、マジフト大会で優勝したいと言い張るグリムのために、ゴーストと共に練習相手になってあげた。
3章では、自業自得なグリムとエーデュースのせいで、ヒカルまでモストロ・ラウンジの雑用に駆り出されてしまった。
4章では、スカラビアに行ってしまったユウたちの代わりに、オンボロ寮の管理をヒカルひとりで頑張った。
どれもこれも、ヒカルの大切な思い出ばかり。
ただ、そこに、いるはずだった人がいない。
ヒカルの一番近くにいたのはユウで、ヒカルと仲良くしてくれた生徒はエースとデュースで、ヒカルが一方的にきゃあきゃあ騒いでいた相手はリドルとエペルで。
どうして忘れていたんだろう。
ここは、ナイトレイブンカレッジ。
ヴィランズを敬い、崇拝する、一癖も二癖もある魔法士の卵たちが通う学園。
嘘や騙し合いなんて、日常茶飯事だったのに。
息を切らしたヒカルは、空き教室に飛び込んだ。
壁に手をついて、何度も何度も深呼吸を繰り返す。
思い出した記憶の中に、失くしていた記憶の中に、ヒカルが信じていた人は、恋人だと思っていた人は、いなかった。
それどころか……。
「わたし、まだ処女じゃん!!!」
全部、全部思い出した。
ヒカルはトレイと付き合ってなんかいなかった。
そして、捨てられたと思っていた処女は、残念ながら捨てられていなかったのだと。