第5章 御都合ライアー!【トレイ】
ヒカルが開けた弁当の中身を、興味深そうにトレイがまじまじと見つめる。
ただのおにぎりと卵焼きがそれほど珍しいものとは思えず、なんだか居心地の悪さを感じた。
しかし、トレイが注視していたのは弁当のクオリティではないらしく、ひどく真面目な顔で尋ねられた。
「弁当、それだけか?」
「え? うん。」
「ずいぶん少ないな。それで足りるのか? もっとしっかり食べないと、倒れるかもしれないぞ?」
出たな、ハーツラビュルのオカン。
授業や部活に明け暮れる男子学生と比べればヒカルの食事量は少ないだろうが、世間一般の女性はおにぎり二つも食べれば十分事足りる。
というか、ヒカルの弁当が杜撰なのは、今に始まったことではない。
バランスが取れた美味しそうな弁当を作る時間があるのなら、一分でも長く寝ていたい……ヒカルはそういうタイプだから。
「もしかして……わたしたち、お昼を一緒に食べるのは初めてなの?」
「……いや。前からよくこうして食べていたが、どうしてそんなことを聞くんだ?」
「そっか。トレイがわたしのお弁当に驚いてたから、初めて見るのかなぁって。」
それとも、以前のヒカルはトレイに女性らしいところを見せたくて、弁当作りを頑張っていたのだろうか。
(でも、オンボロ寮のキッチンにそんな様子はなかったなぁ。残ってた食材も、前と変わらないくらい貧相だったし。)
どうにも引っ掛かる謎を解明しようと考え込んでいたら、ヒカルの謎解きを邪魔するようにトレイが手を握ってきた。
「簡単だよ。こうして一緒に昼飯を食べる時は、いつも俺が二人分の弁当を作ってきていた。ほら、俺はそういうのに慣れているだろ?」
「え、そうだったの?」
言われてみれば、トレイが持参した弁当は一人分にしては多すぎる。
お手拭きやフォークも二つずつ用意されていて、誰のための準備なのかは聞くだけ愚問だろう。
「悪い、言っておけばよかったな。」
「ううん。こちらこそ、いつもお世話になっていたみたいでごめんね。」
「ずいぶん他人行儀な言い方をするな。可愛い恋人のためなら、いくらだってお世話するさ。」
可愛い、恋人。
恋人らしい距離は、少しだけ慣れた。
けれど、トレイの口から紡がれる甘い言葉にだけはいつまでたっても慣れやしない。