第5章 御都合ライアー!【トレイ】
昼休みのチャイムが鳴る少し前、ヒカルはメモで指示されたとおりに科学準備室へと入った。
用務員であるヒカルがこういった教室へ入るのは特別珍しいことでもなく、誰の目に留まっても不審に思われないだろう。
それでも念には念を入れて昼休み前に行ったのは、少しでも怪しまれる危険を減らすため。
(もしバレたら、トレイの立場が悪くなっちゃうもんね。)
学園に雇われている用務員と、副寮長の生徒。
一般的に考えれば、周囲にバレて不都合があるのはヒカルの方。
しかし、トレイは真面目で優秀な生徒であり、厳格なハーツラビュル寮の右腕。
クロウリーなら言いくるめられても、リドルはそうもいかないはず。
いつしかヒカルは、自分のことよりトレイのことを心配するようになっていた。
(なんか、ドキドキするな。)
誰もいない教室で備品に囲まれながら密やかに誰かを待つのは、なんとも不思議な気持ち。
そわそわと心が落ち着かないのは、緊張しているから。
保健室でも、夜の自室でも、トレイと二人きりになるといつも緊張する。
けれど、同じ緊張でも、今ヒカルの胸を占める緊張は以前とは異なる部類の緊張だ。
なんだかワクワクするような、一分一秒が長く感じるような、そんな緊張。
ヒカルの中で、確実になにかが変化している。
(これって、トレイと付き合ってる時の気持ちを思い出しているのかな……?)
頭では覚えていなくても、身体と心が覚えている……そんな都合が良い現象なのだろうか。
自分に起きた変化を分析しているうちに、昼休みを知らせるチャイムが鳴った。
授業が終わった校内は途端に騒がしくなり、ヒカルの緊張もいっそう高まる。
どうにも手持ち無沙汰になって、カーテンの陰に隠れながら窓の外を見ていたら、ほどなくして科学準備室の扉が開いた。