第5章 御都合ライアー!【トレイ】
このくだらなくも面倒な会話に巻き込んだのがトレイなら、解放するのもトレイ。
胸ポケットから懐中時計を取り出して、わざとらしく時間を気にする。
「もうこんな時間か。二人とも、そろそろ授業が始まるぞ。」
「おや、それは残念。遅刻をしたらヴィルに怒られてしまうよ。マドモアゼルとの楽しい対談は、またの機会に。」
「じゃあね、ヒカルちゃん。お仕事頑張って♪」
手の甲にルークの口づけを受け、ケイトに肩を叩かれ、最後にトレイがヒカルの横を通り過ぎる。
すれ違い間際、ちらりと目配せをされ、手と手が触れ合った。
――かさり。
そっと渡された、一枚の紙。
既視感を覚え、トレイたちから数メートル離れたところでドキドキしながら手のひらを開くと、昨日と同様、折り畳まれたメモに1行だけのメッセージ。
『昼休み、科学準備室で』
これはつまり、密会の約束というわけだ。
昨日のあのアナログな連絡方法はスマホを持たないヒカルに合わせ、日常的に行われていたものだと知る。
きっとヒカルたちは、日頃からこうして秘密のやり取りをしながら、ひっそりと時間を共有していったのだろう。
(なんだかずいぶん、青春してたんだな。)
ドラマみたいに甘酸っぱい恋。
かつて学生だった頃、こんなふうに胸をときめかせたことなんてない。
メールやSNSなどの便利ツールが溢れかえっていたから……というより、単に同い年の彼らが猿のように幼かったからだろう。
あの頃は、年上に憧れはしても、年下と付き合うなんて考えもしなかった。
それがまさか、社会人になってから年下の学生と秘密の恋に興じるなんて、誰が想像できるのだ。
未来はわからないものだな、なんて感慨深く思いながら、手渡されたメモを大事にポケットに仕舞って昼休みを待った。