第5章 御都合ライアー!【トレイ】
ヒカルが記憶を失い、トレイと付き合っていた衝撃の事実を知ってから、丸二日。
章をすっ飛ばしたショックに打ちのめされたり、ハーツラビュル寮へ引っ越したりとせわしない二日間だったが、いざ日常に戻って仕事を始めると、びっくりするほど支障がなかった。
やらなくちゃいけないと思っていた面倒事は片付いていて、学園のゴーストや生徒たち、教師陣も友好的。
ヒカルが三ヶ月の間にどれだけ努力してきたのかを証明しているようなもの。
忘れた記憶の欠片はそこかしこに散らばっていて、時折ヒカルを驚かせる。
例えば、恋人とのやり取り。
午前中に校舎の廊下を歩いていたヒカルは、たまたま移動教室から帰ってきたトレイに出くわした。
今朝もそうだったが、生徒であるトレイと校内で会うのはなんだか気まずい。
これまでの人生で“秘密の恋”なんてものをした経験がなかったから、そのせいかもしれない。
トレイの隣には同級であるケイトとルークがいたのでなおさらである。
けれども、ここでUターンをしては不自然さが際立ってしまうため撤退するわけにもいかず、何食わぬ顔をしながら脇を通り抜けようとする。
が、しかし、ここでもトレイが見逃してくれなかった。
「ヒカルじゃないか。調子はどうだ?」
「……!」
なぜあえて声を掛けるのだろう。
今朝の一件はヒカルに非があったけれど、今は気がつかないふりをしてくれてもいいのではないか。
例え、トレイが声を掛けなくても、他の二人が見逃してくれなかったとしても。
「やあ、マドモアゼル。聞いたよ、記憶を失ったんだって? 実に興味深い。そのトリッキーでファンタジックな体験談、是非私にも聞かせてくれないか?」
「あ~、ダメダメ、ルークくん。ヒカルちゃんは今、ウチの寮が保護してるんだから、先に取材の許可を取ってくれないと!」
「いや、どこの芸能人……。取材もなにも、忘れちゃってるんだから語れることなんかないよ。」
お高くとまるつもりはないが、有名人気取りをするつもりもない。
そういう需要は、どこかの寮のモデル兼俳優寮長に求めてほしい。