第5章 御都合ライアー!【トレイ】
「あ、トレイ先輩。」
影の正体は、まさに話題の渦中の人物だった。
一足先に寮で朝食を済ませたトレイは、爽やかな笑みのまま後輩たちに話しかける。
「おはよう監督生。なんの話をしてたんだ?」
できれば掘り下げてほしくない話題にトレイ自ら飛び込んでくるから、一生懸命アイコンタクトで「ダメ!」と伝えるが、こんな時に限って想いが伝わらない。
「今ちょうど、トレイ先輩の話をしてたんですよ。」
「へえ、俺の? それは気になるな。」
なぜ深堀りする。
いつもは空気が読めるくせに、なぜヒカルの焦りがわからないのだろうか。
「ヒカルがね、トレイ先輩のことを呼び捨てで呼びたいらしいんですよ。」
ユウとしては、気を利かせたつもりなのかもしれない。
が、やらかしてしまったヒカルにとっては触れてほしくない発言。
「呼び捨てに? ……ふぅん、そうなのか?」
「うん……、まあ。」
なんて意地が悪い返しだろうか。
わざわざヒカルに尋ねなくても、適当に躱してこの場を去ってくれればいいものを。
ぎこちなく頷いたヒカルとは真逆に、トレイは余裕たっぷりの平静顔を崩さない。
「いいんじゃないか、呼び捨てで。もともとヒカルの方が年上だろ? 俺たちに変な気を遣う必要はないさ。」
「そ、そうかな? じゃあ、遠慮なくトレイって呼ばせてもらうよ。」
わざとらしくならないよう注意しながら言葉を返し、ふと思った。
もしかしたら、トレイはヒカルのフォローしてくれたのではないか。
自分の話題が出ていることを知りながらあえて近づき、ヒカルがいつボロを出してもいいように、みんなの前で呼び捨ててもいいように、自然な流れで許可してくれたのではないか。
そうだ、そうに決まっている。
(さすがトレイ! 彼氏の鑑……!)
答え合わせをしないまま自己完結をしたヒカルは、勝手にキラキラした視線をトレイに向ける。
傍目から見たら、それは、呼び捨てを許可されたことを喜んでいるようにしか見えなかった。