第5章 御都合ライアー!【トレイ】
仰向けでベッドに寝転がりながら、夕焼け色のライトに照らされたトレイを見上げた。
キスを終えたトレイの唇はどちらともない唾液で濡れていて、恐ろしいほどの色気がある。
これで年下だというのだから、裸足で逃げ出したくなる。
でも、本当に逃げ出したい理由は、情欲に燃えた彼が欲しているもの。
(だ、大丈夫、初めてじゃない。初めてじゃないんだから……ッ)
トレイに教えてもらった真実は二つ。
ひとつは自分たちが付き合っていること。
そしてもうひとつは、ヒカルが処女ではないこと。
処女でないのなら、この先の行為に恐れを抱く必要はないはずだ。
そうとはわかっていても、記憶を失っているがゆえにどう反応したらいいのかわからなくて、視線を彷徨わせては戸惑った。
「……怖いか?」
「えッ!? いや、えぇっと……。」
素直に怖いと言えばいい。
ヒカルの初めての相手はトレイなのだから、本音を告げたところで不都合などありはしない。
喉の手前まで本音が出かかって、けれども声にはならずに飲み込んでしまう。
不都合はないはずなのに、なぜだか言葉にしてはいけないような気がするのだ。
トレイは信頼できる恋人だから、拒んだり、抵抗をしてはいけないと頭の中で“誰か”が言う。
正体不明の“誰か”は、ヒカルが失くした三ヶ月間の記憶なのだろうか。
結局、ヒカルは奇妙な指示に従いながら、トレイの問いに対して首を横に振った。
「怖く、ない。」
「……そうか、よかった。」
安心したような顔をするから、本音を隠して正解だったのだと思う。
ただでさえ記憶を失ってしまったのだから、悲しませないようにしなくちゃ、傷つけないようにしなくちゃと使命感ばかりが募った。
つい先ほどまでキスをしていた唇が再び落ちて頬に触れ、滑るように首筋へと流れていく。
そっと覆い被さってきたトレイとは真逆に、両手を宙に浮かしたままどうすればいいのかわからなくなったヒカルは、恐怖から目を背けて瞳を閉じた。