第5章 御都合ライアー!【トレイ】
ぴったりと寄り添ったトレイとの距離に緊張し、膝の上で無意識に手を組み合わせる。
ぎゅっと握ったヒカルの手を、トレイの大きな手のひらがそっと包んだ。
「……ッ」
少し硬い手のひらは男性特有のもので、覚えのない体温を感じて僅かに肩が跳ねた。
「悪い、怖がらせたか? 俺はお前の恋人だからな、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。」
「う、うん。」
でも、恋人ならばわかっているはずだ。
ヒカルはトレイと付き合うまでは処女で、おままごとのような恋愛経験しかなかったということを。
悪いと言っておきながらトレイはヒカルとの距離を改めるつもりがないらしく、親指で手の甲を撫でてくる。
「さっきの質問の答えだけど、そうだな……。とりあえずお前は、俺のことを呼び捨てにしていたぞ?」
「な……ッ、呼び捨て?」
「ああ。ヒカルの方が年上なんだし、おかしいことでもないだろ?」
社会人であるヒカルと生徒たちでは、ほとんどの場合、ヒカルの方が年上である。
しかし、プレイヤーとしてキャラクターを愛でていた時の名残か、ヒカルが彼らを呼ぶ際の名前には偏りがあった。
呼び捨てで呼ぶのは、主に一年生。
二、三年生の中にも呼び捨てる生徒はいるけれど、トレイはそれに該当せず、いつも“トレイくん”と呼んでいた。
それを今さら変えるなんて。
「ほら、呼んでみてくれ。もしかしたら、なにか思い出すかもしれないぞ?」
「え、でも……。」
「くん付けで呼ばれると、付き合う前に戻ったみたいで寂しいんだ。」
そう言われてしまったら、無下にできない。
期待されるようにじっと見つめられ、居心地の悪さを感じながら口を開く。
「……トレイ。」
呼び慣れない、決して呼び慣れない名前。
付き合いたてのぎこちなさに恥ずかしさを覚え、赤面した頬にトレイが触れる。
「ああ、なんだ?」
用なんか、ない。
請われるままに呼んだだけ。
それは当の本人が一番わかっているはずなのに、呼ばれた彼は蕩けるほど甘く微笑んだ。