第5章 御都合ライアー!【トレイ】
なにはともあれ、無事にヒカルの部屋へ到着したトレイは、ぐるりと周囲を見回したあと、当然のようにベッドへ腰を下ろした。
この部屋には、ソファーも完備してあるのに。
「荷物、ずいぶん少ないんだな。」
ヒカルへの気遣いなのか、なんでもない話題を振られる。
彼の目から見ても、今のヒカルから緊張が伝わるのだろう。
だって、しょうがないじゃないか。
目の前にいる男は、ヒカルの“初めて”の男だ。
「ああ、うん。元から私物って多くないし、ここには一時的に住まわせてもらうだけだから。」
そういえば、気になっていたことがひとつあった。
昨晩、忘れてしまった記憶の手掛かりを見つけるために、自分の部屋をいろいろと漁ってみた。
トレイと付き合っていたのなら、手紙や思い出の品のひとつくらい見つけられるかと思ったが、そのような物は一切出てこず、唯一発見したスケジュール帳には仕事関連のメモしか残されていなかった。
「ねえ、トレイくん。わたしたちって、その……どういうお付き合いをしてたのかな?」
「ん、どういうって?」
「どんなふうに接していたのかな、って……。ほら、内緒で付き合ってたんでしょ?」
思い出の欠片が部屋に残されていないのなら、本人に直接聞くしかない。
ふむ、と口に手を当てて考え込んだ彼は、しばらくの間 黙った。
大胆な逢引きを決行したトレイは制服でも寮服でもなく、無地の長袖シャツにストレッチパンツというラフな恰好。
シンプルな服装は彼によく似合っていて、年下である事実を忘れてしまいそう。
「……ヒカル。」
名前を呼ばれて我に返ると、こちらを見つめたトレイがヒカルのベッドを、自身の横隣をぽんと叩いた。
指示されたとおりにトレイの横へ腰を下ろしたヒカルは、しかし、拳三つ分の距離を空けて座る。
トレイには悪いとは思うが、ヒカルはまだ彼を恋人と認めきれずにいる。
けれど、そんなヒカルの心の迷いなど一切無視し、一度座り直したトレイは空いた隙間を容赦なく埋めた。