第5章 御都合ライアー!【トレイ】
夜10時。
ハーツラビュル寮においてその時間は、消灯時間を表していた。
寮生の部屋の明かりが一斉に消え、しんと静まり返る。
トレイの指示どおり出窓の鍵を開けたヒカルは、けれども部屋の明かりを消さなかった。
それは忍び込んでくるかもしれないトレイの足場を照らすため……なんて理由ではなく、暗い部屋で恋人を迎え入れるというシチュエーションがあまりにいやらしかったせいだ。
10時が過ぎ、時計の指針がこちりこちりと動くたび、ヒカルの緊張が高まっていく。
約束の時間を5分過ぎたところで、もう寝てしまおうか……とも考えた。
そもそも、トレイはどうやってヒカルの部屋に忍び込むつもりでいるのだろう。
ヒカルの部屋は二階だからよじ登ろうと思えばできるけれど、鉤爪付きのロープでもない限り、出窓から侵入するのは難しそうだ。
もしかしたらすでに真下まできているのかも。
そう思ったヒカルは、出窓を開いて階下を覗き込んでみた。
結果、トレイはいなかった。
青々とした芝生の上には誰も立っておらず、どこか遠くで野鳥の鳴き声が聞こえるだけ。
(……揶揄われたのかな?)
悪戯好きなエースならば、ありえること。
しかしメモを渡してきたのは間違いなくトレイで、ヒカルは出窓の枠で頬杖をつきながら悩んだ。
待つか、待たないか。
答えが出ないまま煌めく星空を眺めていると、頭の真上から囁き声が落ちてきた。
「そこ、どいてくれ。」
「……!?」
驚きのあまり飛び跳ねそうになりながら声の出どころを探ると、2メートルほど上の出っ張り、人ひとり立てるかどうかのスペースにトレイが立っていた。
「え、ちょ、危な……ッ」
「しー、静かに。ほら、部屋に入って。」
思わず身を乗り出して声を上げたヒカルを窘め、窓から離れるように指示を出された。
パニックを起こしたまま窓から離れると、トンと軽やかな音がしたあと、颯爽とトレイが侵入してきた。
よくわからないけれど、忍者のスキルでも持っているのだろうか。