第5章 御都合ライアー!【トレイ】
「あー……、リドルくんの申し出はありがたいけど、そこまでしなくていいよ。」
大人として、女として、職員として、ヒカルはリドルの提案を断った。
ヒカルの安全を考慮した策であっても、心安らかに過ごせるのはオンボロ寮だ。
そんなヒカルの答えを聞くと、リドルが纏う空気の温度が一気に低下した。
「ふぅん……。キミは意外と、頭が悪い女性だね?」
「……え?」
「ハーツラビュルの長たるボクが、そうしろ、と言っているんだ。返事は……はい寮長、だろう?」
「いや、でも……。」
「でも、じゃない。そんな我儘が許されるとお思いかい?」
状況を整理させてもらえるのなら、主張したい。
このナイトレイブンカレッジにおいて、ヒカルはハーツラビュルの寮生でも、ましてや学園の生徒でもないのだと。
だけど残念ながら、この場にヒカルを援護してくれる人はいなかった。
ユウとグリムでさえも、リドルが正しいと思っているのか、それとも単にトラブルに巻き込まれたくないだけなのか、ヒカルの味方をしてくれない。
「諦めるんだゾ、ヒカル。リドルのやつ、一度言い出したら聞かねぇんだゾ。」
「う、うぅ……。」
大人として、女として、職員としての矜持をへし折られたヒカルは、観念してがっくりとうなだれた。
「まあまあ、ヒカルちゃん。そんなに嫌がらなくても、俺たちがしっかりバッチリ楽しませてあげるからさ♪ ね、トレイくん?」
「ああ。それにヒカルはハーツラビュルの寮生じゃないからな。客人に厳しい規則を強いたりはしないから、安心してくれ。」
懸念材料のひとつであったハートの女王の法律が自分には適用されないと知り、少しだけ肩の力が抜けた。
同じタイミングでミルクティーのおかわりが注がれ、湯気立つお茶を口に含む。
温かい紅茶を味わっていたヒカルは、自分のすぐ傍でトレイの口角が怪しげに上がったことに気づけなかった。
人は彼の表情を、ヴィラン顔と呼ぶ。