第5章 御都合ライアー!【トレイ】
ヒカルが失った記憶は、三ヶ月。
そしてその三ヶ月は、トレイと恋人になった期間とイコールになっているらしい。
偶然錬金術の失敗に巻き込まれ、偶然記憶を失くし、それが偶然恋人と付き合っていた期間だったなんて、ご都合主義にも程がある。
「念のため補足しておくが、俺たちが付き合っていることは、誰にも秘密だった。」
「そ、そうなの?」
「ああ。仮にもヒカルは学園側の人間だろ? 学園に雇われているお前が生徒である俺と付き合うのは、いろいろと問題がある。それに、うちの寮は規律が厳しいからな。」
ハートの女王の厳格な精神に基づく寮であるハーツラビュルは、他寮よりも規則や掟に厳しい。
学園内における不純異性交遊など、もってのほか。
副寮長であるトレイが違反したとなれば、いくら幼馴染といえど寮長のリドルが黙ってはいない。
「リドルくんの信頼を失うかもしれないのに、なんで告白を受けたの?」
「さっきも言っただろ、嬉しかったって。それに、ヒカルと付き合い出して、俺の気持ちにも変化があった。今では、お前よりもずっと、俺の方が好きな気持ちが大きいと思うけどな?」
トレイの手が肩から背に滑り、ヒカルをぎゅっと抱きしめた。
甘い言葉を囁かれ、恋人らしい抱擁をされたら、さすがのヒカルでも胸がときめく。
(わたし、本当にトレイくんと付き合ってたんだ……!)
鼻腔を擽るバニラの香りも、そう言われてみれば懐かしい……気がしなくもない。
単純に、小腹が空いているだけかもしれないけれど。
とにもかくにも、トレイがここまで言うのなら、もはや疑う余地はない。
けれど、ヒカルとトレイが交際中であることを前提とすると、どうしても確かめておかねばならない点がある。
「……あの、トレイくん。」
「ん、なんだ?」
「えっと……、わたしたち、そのぅ、どのくらいまで進んでたのかな……?」
恋人の範囲は、広い。
電話をするだけ、食事をするだけ、手を繋ぐだけというような健全な交際から、キスや……その先に至るまでの不健全な交際まで。
はしたない質問だとわかっていても、これは、ヒカルの人生において最重要とも言える質問だった。